Backup:住田町の「山」(その一)

※作業バックアップ。

 

岩手県気仙郡住田町(すみたちょう)の「山」「山岳」について。

▽住田町は町面積の約9割を森林が占め*1、多くの「山」がある。住田町の山について、ブログ「あかりんの岩手低山奇行」さんの山行記録をキーにWeb上の情報をクリップする。(母衣下山については別項を立てる。)
▽掲載する山名(山の名前)の「読み」は、未確証のものを含む。ご批正を乞う。

▽この(その1)エントリーには、主として住田町域の南半分に存する以下の山々を収める; 大鉢森山鷹ノ巣山(たかのすやま)蛇山(へびやま)判官山(はんがんやま)生出山(おいでやま)叶倉山(かのくらやま)大平山(おおだいらやま)石祐山(いしすけやま)樺山(かばやま)犬頭山(いぬがしらやま)森岳東峰山(あつまねやま/あずまねやま)高森山黒岩五葉山(ごようざん)

 →▼住田町の「山」(その二) - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2016/09/13/003000
 →▼袰下山/母衣下山(ほろしやま):住田町 - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2013/09/20/120000

 

▼あかりんの岩手低山奇行|山一覧のページ:住田町 http://akarin-yama.at.webry.info/201307/article_25.html

 

▼わたしたちの住田町〔※「山の名前」情報あり〕 http://www1.iwate-ed.jp/tantou/joho/contents/shousya/map/sumita_map/sumita_map.swf

地理院地図(電子国土Web):岩手県気仙郡住田町|GSI HOME PAGE - 国土地理院 http://maps.gsi.go.jp/#12/39.165871/141.531200/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

▼PDF:住田町|町勢要覧:住田町MAP*2〔※地図上に山名表示あり〕 http://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2015020300014/files/H23-all-2.pdf#2

▼PDF:住田町|住田町防災マップ*3〔※地図上に山名表示あり〕 http://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2016011800018/files/sumita-bousaimap12.pdf

岩手県住田町の地名 その2〔2011年05月19日〕〔※山名読みを含む。出典不詳〕 | タラ福カタル 難読地名 珍地名を探す http://plaza.rakuten.co.jp/tarafukukataru/diary/201105190001/

 

大鉢森山(おおはちもりやま*4*5

▽大鉢森山(地理院地図 三角点732.5m)。住田町の最西域。一関市との境界。南に鷹ノ巣山。西に天狗岩山(一関市)。南東に蛇山。北麓に小牧沢が発して東流、さらに北方に物見山(種山)。住田第二牧場があった。(同名の別の大鉢森山(標高633.6m)*6奥州市・一関市境界にもある。)

▼〔地図:〕大鉢森山 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0579667/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|大鉢森山(住田町) https://goo.gl/maps/f94AqLwp1Vq
▼〔地形図:〕地理院地図|大鉢森山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.135869/141.413162/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼大鉢森山(住田) 732.9m 2012年5月17日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_31.html
▽「住田町にある大鉢森山です。大鉢森山という名前の山は、奥州市と一関市の境にもあり、すでに登っています*7。/ 「住田第二牧場」(新しい地図には名前なし)*8の中にあり、放牧時期でなければ車で山頂直下まで行けるだろうと先送りするつもりでしたが、検索してみると、〔7年前の〕2005年4月の「かぬか平さん」の記録*9では、門に鍵がかかっていて入れなかったとありました。鷹ノ巣と御殿山〔一関市〕の間を通る道路から、大鉢森山から近くまで南下して来ているのにつながっていない牧場内道路に土塁を乗り越えるルートを取られています。同じルートを覚悟はしました。/ 牧場〔住田第二牧場〕は数年前に廃業したようで、現在の様子はわかりません。気になってどうしようもないので、夜の偵察に行きました。一応車中泊の準備はしていきました。/ 牧場への分岐は、種山の〔国道397号〕旧道のスノーシェルターの中にありました。途中壊れた門が2つありましたが、どちらも開放され、立ち入り禁止などの看板はなさそうでした。/ 山頂直下までは6キロありました。道は今も整備されているようで、普通車でも走れるレベルでした。/〔※略〕/ 3時45分起床。牧草地から周囲の山々の写真を撮りました。鷹ノ巣蛇山、原台山、判官山(そのうち登る予定)、五葉山愛染山種山〔物見山〕などが確認できました。/ 少し明るくなって、4時15分から山頂めざして登りました。藪の少ない林間、その上の笹原を過ぎ8分で山頂に到着しまいた。山頂には三角点があり、プレートは見当たりませんでした。山頂は展望もありませんでした。やや南に行ったところから、蓬莱山、萩ヶ崎山、御殿山が見えました。登った山を同定するのは至福のひとときです。/ 〔※略〕」

鷹ノ巣山、大鉢森山〔2005.4.24〕|山行記録 by かぬか平|山紀行とブナ http://www2s.biglobe.ne.jp/~kanuka/yama/taka/taka.htm
▽「〔鷹ノ巣山に〕続いて、北にある大鉢森山に登りました。これも「かぬか平の山々」〔日本山岳会岩手支部・編。現代旅行研究所, 1988年刊〕*10に載っている山です。実は、今日〔2005年4月24日〕初めに北側の林道を利用してこの山に登ろうとしたのですが、途中、住田第二牧場入口にゲートがあり、鍵か掛かっていて入れませんでした。防疫上の理由から立ち入り禁止*11とか書いてありました。昔はどこもゲートなどなく、あっても牛などが逃げないようにするだけで、鍵は付いておらず、自由に入れました。最近はBSEとかうるさくなっているからでしょうか。これでは行けない山も出てくるのではないかと思いました。/ 先ほどの牧場のゲートがなければ、地図に寄ればその林道は大鉢森山の近くを経て、今登ってきた林道に合流するのではないかと思ったのです。しかし、それらしい道はありませんでした。しかし、地図をよく見れば合流していないので、その林道の終点近くと思われる場所に車を止め、歩いてその林道を通って大鉢森山に行こうと思いました。/ その林道は尾根上を通っているので、尾根に向かってみると牧草地になっていました。〔※略〕/ やがて林道は、大鉢森山の麓を大きく回るようにして東側の住田第二牧場から来る道との三叉路に着きました。登山道はないだろうと思っていたので、その三叉路から登りやすい場所を選んで登ることにしました。/〔※略〕/ やがて一番高い場所に着きました。西側は木に覆われて展望はありませんが、西側〔※東側の誤記〕はカヤトの原で展望があります。雪がまだ残る台形の五葉山と、その隣の三角形の愛染山が印象的です。原台山の右手前には先ほど登った鷹ノ巣が見えます。山名を書いた標識はなく、三角点はあるはずですが、草の中に埋もれているのか見つけることは出来ませんでした。/ 帰りはカヤトの歩きやすい所を通っていったら、北側の林道に出ました。帰りも廃道化した林道を通って戻りました。終点近くになると、雪の中に埋もれ、歩きにくくなったので右の木の間を潜ったら、来たときに通った牧草地に出ました。」」

▽参考:(大鉢森山)
義経北行伝説の地を巡る 〜県南編〜〔2013.11.21〕 | イーハトーブログ http://plaza.rakuten.co.jp/machi03iwate/diary/201311210002/
▽「〔※略〕/ 〔源義経は〕 8. 姥石峠(うばいしとうげ)を越え、人首地域からは五輪峠、大森山、さらには物見山〔種山〕などの峰伝いに進んだそうです。(道の駅種山ヶ原にはお土産物も揃ってます)/大鉢森山鷹ノ巣などの険しい山々の尾根を辿り、生出山を下って大木の多い/ 9. 判官山(はんがんやま)に来たと伝えられています。/ 〔※略〕」

 

 

鷹ノ巣山(たかのすやま)

鷹ノ巣山(地理院地図 三角点791.7m)。住田町の南西域。一関市との境界。東に蛇山。南西に御殿山(一関市)。北に大鉢森山。北側に外ナガドロ沢、内ナガドロ沢を擁し、篠倉沢へ流れる(篠倉沢はやがて北流して大股川へ合流する)。南麓に萱牧場(萱農場)がある。

▼〔地図:〕鷹ノ巣山 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0579971/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|鷹ノ巣山(住田町) https://goo.gl/maps/5AMnkh5ySc92
▼〔地形図:〕地理院地図|鷹ノ巣山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.109134/141.421616/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

鷹ノ巣山 792.0m*12 2012年4月15日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201204/article_35.html
▽「4月というのにポカポカ陽気の暑さでかなり疲れていましたが、ここまで来て鷹ノ巣に登らずに帰るわけにはいきません。この山で東磐井地方*13の山をすべて制覇したことになるからです*14。/ 御殿山〔一関市大東町〕と道を挟んで反対側*15にあります。牧草地を登り、稜線に出て、あとは一関市と住田町の境を歩きました。山頂に向かって延々と土塁がありました。いつ作られたのかは知りませんが、壮大な工事であったと推測されます。疲れた体に、ズボズボはまる春の雪は大変でしたが、車道から27分で山頂に到着しました。/ 三角点「山」の標石がありましたが、意外にもプレートが見当たりませんでした。/ やっちゃん日記の写真〔2009年11月撮影〕にある放置された牧柵*16は全く同じ状態でした。2年以上経つのに何の変化もないようです。/ 帰りはショートカットし、砂鉄川源流を経て車に戻りました。砂鉄川は、たたら製鉄など東磐井の文化*17に深くかかわっている川であり、その源流を今日のこの日に見ることができたのは、何かの因縁なのでしょう。/ 〔※略〕」

鷹ノ巣山〔2009/11/21〕|やっちゃん日記・山行記録集 http://suuko.at.webry.info/200911/article_8.html
▽「■鷹ノ巣/ ・山行日 2009年11月15日(日)曇り/ ・所在地 岩手県一関市、住田町境界/ ・標高 792.1m*18/ 阿原山〔奥州市江刺区・一関市の境界〕から鷹ノ巣までわずかな距離なのだが、間にある天狗岩山〔一関市大東町〕を大きく迂回する必要がある。〔※略〕今度は県道10号*19を北上して種山高原方面へ向う。上ノ山〔一関市大東町中川上ノ山〕から右の林道*20へ入って鷹ノ巣へ向う。県道10号から約7.7km地点、峠を過ぎて少し下った左カーブの牧草地が登り口になる。/ 15:20分 牧草地入口出発/ GPSで確認してみると、鷹ノ巣は牧草地の奥に見えるピークの右奥にあるらしい。ピークの右に見えているなだらかな尾根が山頂かもしれない。牧草地は放牧利用されていないらしく、牧柵で仕切られてはいない。草地を300mも登ると牧草地は終わる。雑木林の中を右寄りに進むと土塁が現れる。土塁と並んで古い牧柵がピークに向って伸びている。土塁の右側(南側)はササ藪が茂っているので、左側の林間を登って行くと古い赤テープが見つかった。/〔※略〕/ 15:40分 鷹ノ巣山頂到着/ 雑木林の中の山頂に到着する。展望の無い小山の上に二等三角点があった。三角点のそばには、航空写真測量の目印として使ったらしい、支柱の付いた板が倒れている。三角点の近くには、「山」の文字が刻まれた柱石もある。尾根の上には境界見出標があるので、境界杭*21なのだろう。山頂まで登山道らしい踏み跡は無かったが、コース目印の赤テープはある。山頂手前のピークを越えてから右の尾根に進むポイントに目印が無かったので、赤テープを追加しながら下山する。16:12分車に戻る。/ 牧草地入口→20分→鷹ノ巣山山頂/ 〔※略〕」

鷹ノ巣山、大鉢森山〔2005.4.24〕|山行記録 by かぬか平|山紀行とブナ http://www2s.biglobe.ne.jp/~kanuka/yama/taka/taka.htm
▽「鷹ノ巣は「かぬか平の山々」〔現代旅行研究所 刊〕に載っている山です。〔岩手〕県道10号を南下して、上の山地区〔一関市〕からの林道に入ります。鷹ノ巣山近くで駐車出来そうな場所と、登りやすそうな場所を探していたところ、鷹ノ巣から西に延びる尾根で道が大きくカーブする付け根付近に止める場所があり、そこから笹の道が上に延びているように思えたのでそこに止め、笹の所を歩き始めました。/ 道があるようでしたが、藪でした。それでも数十mで牧場に出られました。そこから左に牧草地の丘を登って行きます。振り返るとかぬか平*22の向こうに栗駒山*23が見えます。丘に登り、鷹ノ巣の方向を定めてそちらに向かいました。/ 牧場の端に畑があり、その向こうはカヤトの原*24です。林に入るところに踏跡がありました。〔※略〕/ 着いた山頂には新しい二等三角点がありましたが、山名標識は全くありませんでした。展望も木に囲まれていてよくありませんでした。/ 〔※略〕」

▽参考:(鷹ノ巣山)
▼「遠野物語拾遺17(懸想)」〔2010-12-06〕 : 不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!- http://dostoev.exblog.jp/15112265
▽「〔※略〕 鷹は鍛冶の神でもあり、この遠野の小友町に鷹巣という地名がある事も、古来から小友町が採掘の地でもあったからなのであり、秦氏の関係が根付いている証であるのだと思う。ただ現在「鷹巣」という地名は失せてしまったが、やはり小友町に隣接する住田町側に鷹ノ巣があり、この地も古来から採掘や鍛冶が盛んな地でもあった…。」

 

 

蛇山(へびやま*25

▽蛇山(地理院地図 三角点750.5m)。住田町の南西域。一関市との境界。西に鷹ノ巣山。北東に判官山。東に生出山。南東斜面に内野峠、蛇山牧場がある。そのさらに南東に原台山(はらだいやま。894.7m。陸前高田市・一関市の境界)。北麓に広沢が発して西流し、篠倉沢に合流する。

▼〔地図:〕蛇山 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0575875/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|蛇山(住田町) https://goo.gl/maps/gj4oB92CRZ12
▼〔地形図:〕地理院地図|蛇山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.110133/141.450026/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼蛇山 750.9m 2012年4月14日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201204/article_29.html
▽「一関市の山でなく突然住田町の山です。もちろん理由はあります。/〔※略〕/ ならいつかは登るのだからと、住田町の蛇山に登っておくことにしました。一関市と住田町の境界に車を置き、ここから境界沿い作業道?を鞍部〔あんぶ〕まで進み、そこから北に方向をかえ、雪の林間を歩きました。木のまわりは解けていますが、多いところでは20cm程度の積雪がありました。/ 13分で山頂に到着しました。三角点は発見できず、プレートもありませんでした。/ 〔※写真:〕蛇山(蛇山牧場から)/ 〔※略〕」

▼(-。-) ボソッ|蛇山〔2013/05/07〕 http://bacchus51.blog45.fc2.com/blog-category-134.html
▽「〔※略〕/ 蛇山牧場*26の柵の前に車を停めて、どこから〔蛇山山頂へ〕登ろうか思案します。藪の薄そうなところと考えて、柵の脇から突入。が、ちょっと藪を突き抜けて、林に入ったら藪が途切れ、するりと手前のピーク到達。ここからは笹薮で、踏み跡の判別ができませんでしたが、とにもかくにも上へ。ところどころにピンクのリボンがあるなとたどったら、リボンのあるところには境界石がありました。/ どうやら蛇山牧場の境界のようです。/ その境界石に沿って、ガサゴソとこの辺が蛇山山頂と思われるピークに着き、これが三角点かと思ったら、これも境界石。はてな?と周りを見渡してると、西側にやたらと目印がついている場所を発見。そこが三角点のある場所でした。/ 残念ながら、山頂プレートはなく、記念写真を三角点で撮って、帰ろうとしたら誰かが書いた落書き発見。/〔※略〕/ ここから次の目的地、五葉山付近に行くのですが、地図を確認して愕然・・・ そのまま林道〔篠倉沢林道?〕を住田側に下れば、すぐ盛街道〔国道397号〕。住田側から来れば、どう考えても2時間ほどで来れるはず。来るときに高速を使って水沢で降り、一関の大東側からここへ3時間かかって到着。めちゃめちゃ遠回りしとるじゃないですか。/ 〔※略〕」

▽参考:(蛇山)
▼蛇山牧場と内野峠〔2003/09/04〕|サイクリングトーク http://www.cyclingtalk.net/touring/sight/56.html
▽「住田町と大東町をむすぶ篠倉沢林道内野峠*27蛇山牧場があります。内野峠と蛇山牧場からは周辺の山々を一望することができます。/ 篠倉沢林道はダート林道ですが、内野峠と蛇山牧場へは全面舗装の大規模林道〔大規模林道 川井・住田線〕が通っているほか、舗装済みの町道も通っているのでロードバイクや乗用車でも安心して登ることができます。」

▼PDF:基幹林道 川井住田線位置図(3) 「木地山・中川区間」延長10.6km*28 http://www.pref.iwate.jp/dbps_data/_material_/_files/000/000/015/270/kawaisumita3.pdf

▼ロックイーグル|北東北ドライブ・ツーリングレポート|大規模林道南部(2)2014年10月12日:蕨峠-国道340号-国道107号-国道397号-大股-篠倉沢林道-蛇山牧場-萱農場-大東町中川(木地山・中川区間) http://rockeagle3.web.fc2.com/turingrepo/iwate/20141012rindou/index2.htm
▽「〔※略〕/ 〔国道107号→〕国道397号に入ってからトンネルが連続するがあえて旧道を〔西へ〕走ってみる。大股川に沿って蛇行する道だ。/ 旧道から国道397号に合流、大股地区公民館がある。裏の方には学校〔校舎〕が見える。(たぶん廃校)*29/ 篠倉沢林道入口。/ 後ろ〔写真の奥(北方)〕に見えるのは橋は国道397号の道を新しくを作っている。/ 篠倉沢ぞいの林道を〔南へ〕走る。もちろんダートです。/ 分岐点があります。左折方面は大東町へと書いていました。右折方向は通行止め。/ 左折します。/ 少しずつ標高を上げていきます。/ 蛇山牧場だと思います。/ 舗装道路に出ました。右折します。左折は大原方面。/ 少し進んで、振り返ると道路標識があります。/ 室根山が見えます。東磐井では一番目立つ山です。/ いい道路です。/ T字路にぶつかります。右折方面へ進みます。/ 少し進んで振り返ると道路標識があります。先ほど走った道は公団幹線林道〔大規模林道川井住田線?〕です。/ 萱農場〔一関市〕があります。/ 〔※略〕」 ※経路の写真多数。

▼ツーリングレポート:第4弾 極良!岬ダート 岩手遠野周辺林道ツーリング|Bike★Special http://bikespecial.web.fc2.com/Touring87-04.html
▽「〔※略〕/ R340で住田町へ向かい、コンビニでジュネーブ協定遵守のおにぎりとお茶の朝食を取る。途中よりR107→R397と道を変え、落合の集落より篠倉沢林道へと突入することにする。0.7kmの舗装路を進み、木地山集落〔住田町〕*30の篠倉沢に架かる橋を渡ると篠倉沢林道の始まりだ(写真左)。篠倉沢沿いの林の中を快調に進めば、起点より1.3km地点に右に分岐する道が現れるが行止りである。水溜りは多いが、比較的フラットな路面が続き、4.1km地点ではY字に道が分かれる(写真右)。右側の道には「篠倉沢林道」の看板が出ており篠倉沢沿いに道が伸びているので間違えそうだが、実は行止りで本線は左に延びた道である。ここから道は広沢沿いを進むことになる。/ 6.2km、6.9km地点に左の分岐が確認できたが、どちらもゲートがあり進入できない。それ以外、途中には鉄製の巨大な流水管が放置された広場が現れるぐらいで特筆すべき景色は見られない。その後蛇山牧場に入り、一気に視界が開ける(写真左)。少々ジャリ深のダートを一気に駆け上ると、道は一旦舗装路となり、内野峠へと到着する(写真右)。ここで道は二手に分岐するが、右は県道10号まで抜ける舗装路であり、左は篠倉沢林道本線となる。〔※略〕」

▼岩手の大規模林道を走る01 ~川井住田線 木地山・中川区間~〔2015-09-25〕|空と雲とハスラーと… http://hustler2002.blog.fc2.com/blog-entry-142.html
→▼〔動画:〕ハスラーで岩手の大規模林道を走る01 ~川井住田線 木地山・中川区間~ - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=8UmPoStExoI
▽「2015/09/24 に公開」「ルート https://goo.gl/maps/gEc4uSc7KNm / 岩手の北上山地を南北に縦断する「川井・住田線」と「八戸・川内線」の2つの大規模林道。今夏、この2路線を走破したので、ご覧ください。/ まず第1回目は「川井住田線」の「木地山・中川区」です。一関市大東町をスタートします。また。大規模林道の終点から住田町の国道397号線交点〔大股川〕までの林道〔川井住田線〕を走行した映像も併せてご覧ください。/ 2015年7月中旬撮影/一部3倍速」

▼川井・住田線 木地山・中川区間|大規模林道|林道評論センター http://www.geocities.co.jp/nourindou/daikibo/kijiyama.html

▼南三陸滝見隊|広沢大滝 3〔2014/08/26〕 http://takimitai.blog.fc2.com/blog-entry-666.html
陸前高田に「きてけらっせぁ。」^^〔2011/8/29〕 - バイクであちこち行きたいなぁ〜 http://blogs.yahoo.co.jp/fudo32255/29346469.html
賀曽利隆 ON THE ROAD|カソリの林道紀行(35)東北編(その6)〔2010/11/23〕 http://kasori.blog25.fc2.com/blog-entry-1330.html

 

 

判官山(はんがんやま*31

▽判官山(地理院地図 三角点729.9m)。住田町の南西域。陸前高田市との境界。南東に生出山。東南東に岩手県道246号 世田米矢作線を挟んで叶倉山。南西に蛇山。南方に原台山(陸前高田市・一関市境界)。北方を大股川が東流する。

▼〔地図:〕判官山 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0582885/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|判官山(住田町) https://goo.gl/maps/g4viDbvs1YN2
▼〔地形図:〕地理院地図|判官山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.129844/141.473286/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼判官山 730.4m 2012年5月20日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_36.html
▽「判官山は住田町にあります。なかなかアクセスは困難そうな山です。山歩きを始めたころから、気になっていた山ですが、到底登ることは無理と思っていました。しかし経験を重ねるうちに、「登れない山」ではなくなってきました。時期的にはそろそろ難しくなってきましたが、敢行しました。/ 〔2012年〕5月17日の早朝に大鉢森山(住田町)から、判官山を見ることができました。南北に長い稜線が連なり、南東には先日登った生出山〔おいでやま〕があります。/ 最高点は750m等高線に囲まれた2つのピークですが、地図に判官山と書かれているのは北側の730.4m〔729.9m〕の三角点(三等、判官山)、そして南側にも741.4m〔740.8m〕の三角点(四等、離森*32があります。/ なお日本山名事典*33によると、標高は750m等高線のピークのうちの北側が山頂であり、陸前高田市と住田町の境界の山となっています。/ 判官とは、義経、源判官九郎義経のことらしく、義経の北行伝説と関係がある山です。歴史のことはよくわからないので、簡単に書くことにしますが、平泉を出たあと、姥石峠(種山近く)から、大鉢森山鷹ノ巣蛇山内野峠生出山と進み、この判官山で野宿したとの伝説です。地図でたどってみると蛇行しており、本当にこの順番なのか(特に生出山との前後関係)疑問もわくところです。/ しかし伝説ですから、遠野物語に出てくる山々の位置関係が不可思議なのと同じようなものかもしれません。/ いずれにしても、大鉢森山、鷹ノ巣山、蛇山、生出山、判官山と制覇できたことには満足感を覚えています。」
▽「「判官山」は検索すると義経のからみでいくつかヒットしますが、登頂したという記録は発見できません。地元の人に、「昔は炭焼きで登ったが、今は無理だ」と制止されたという記事も見かけました。ならばいっそう登頂意欲がかきたてられます。/ 季節を選べば、生出山の林道(たぶん平滑沢林道と合流)から縦走できる可能性がありますが、折壁峠の通行可能時期に限られます。東側の折壁地区から537m点を経ての直登は標高差480mあり、これだけの藪こぎは至難の業でしょう。西側〔の〕広沢*34沿いの林道からは緩斜面で積雪期なら楽そうですが、林道が走れません。蛇山牧場から稜線伝いの破線の道はその存在自体が不明です。/ 南側、大松沢沿いの林道(原台山〔一関市、陸前高田市〕につながる)から分岐する破線の道は、Googleの写真で明瞭に写っており、山頂まで行けそうです。どこまで車で入れるか次第ですが、南側の平滑沢の林道(多分生出山の林道につながっている)が通行禁止だったので、同様に通行禁止の可能性が高いと思われます。/ 偵察はしていないので、最初から片道5キロ程度の林道を歩く覚悟で出かけました。道の存在すら不明な稜線を延々と藪こぎするよりは、安全・確実と思われます。/〔※略〕/ 林道は判官山の南北の稜線と交差するところまで続き、そこからは刈り払い道となりました。南にも道がありました。北の判官山山頂に向かって進むと、やがて道はなくなり、笹藪こぎとなりました。ところどころ赤テープがありました。/ 山頂には1時間35分で到着しました。山頂からの展望はありません。青白のプレートと藪山集団*35の比較的新しそうなプレートがありました。/ 麓の集落に義経の北行伝説に関する「判官山」の案内板があるらしいのですが、さすがに山頂には何もありませんでした。当時は林道もなかったわけですが、どうやって山々を行脚したのでしょうか。/ 〔※略〕」

▽参考:(判官山)
▼判官山|義経北行伝説 http://homepage2.nifty.com/Shinobu/yositune/hanganyama/index.htm
▽「■判官山/住田町世田米/ 〔※略〕/ 何しろ相手は「山」ですから、建物が残っている訳でもなく、車のナビを目安に、途中で地元の方に聞きながら山〔判官山〕を探しました。/ で、おそらく「この山であろう」と写真を撮ったのですが、合ってたのかな?? 山の麓の集落の一件〔一軒〕のお宅にお住まいのおばあさまが、判官山に詳しいと聞いて訪ねてみたのですが、残念ながらお留守で話を聞くことはできませんでした・・・。/ ナビで確認すると、判官山のちょうど真横にいる感じになりました。そこから見えたのが上の山。でも、これが本当に判官山なのかどうか、さっぱり分かりません(おい)。地元の方に話が聞ければ良かったのですが・・・。」

▼生出山 684.5m 2012年5月5日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_11.html
▽〔コメント欄:〕「■〔※略〕 それから、生出山の北西にある判官山も気になる山ですね。地図を見ると山頂付近まで道があるようですし…。/ あらし 2012/05/06 21:38」 「■〔※略〕 判官山への道は、大松沢沿いの原台山に通じる林道から分岐していますが、全行程を歩かないといけないのではと思います。片道2時間でしょうか。/ あかりんだよ 2012/05/07 06:56」

 

 

生出山(おいでやま*36

▽生出山(地理院地図 三角点683.8m)。住田町の南西域。陸前高田市矢作町との境界。東北東に、岩手県道246号 世田米矢作線*37の折壁峠を挟んで叶倉山。北西に判官山。西に蛇山。南南西に原台山(陸前高田市・一関市)。

▼〔地図:〕生出山 - 気仙郡住田町世田米下大股/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0577688/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|生出山(住田町) https://goo.gl/maps/t7KtGd3fozH2
▼〔地形図:〕地理院地図|生出山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.110300/141.492856/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼生出山 684.5m 2012年5月5日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_11.html
▽「〔生出山は〕陸前高田市住田町の境界にある山です。折壁峠*38が通行可能になったらすぐに峠から稜線伝いにと考えていましたが、時期を逸してしまいました。/ 〔2012年〕5月2日の夜、赤坂峠に行く前に夜の偵察。途中、〔陸前高田市の〕生出川〔おいでがわ〕*39沿いに「あかがねやま〔銅山〕」の看板*40を見つけたので撮影しておきました。/ 峠付近に生出山〔おいでやま〕方向への林道を発見しました。夜でしたが、走ってみると、山頂東側の鞍部付近まで達していました。ここで車中泊するのは夜半からの大雨の予報ですので土砂崩れの危険がありやめました。/〔※略〕/ 〔2012年〕5月5日の早朝に〔生出山へ〕登りました。林道には大雨の影響は見られませんでした。鞍部稜線に出て、すぐに山頂に到着しました。三角点と青白プレートがありました。最近、青白プレートの書体が達筆系ものも見かけるような気がします。/ 樹間に原台山、叶倉山などが見えました。叶倉山もアプローチが大変そうな山です。いずれは登ることになりますが…。/ 〔※略〕」
▽〔コメント欄:〕「■生出山に登るとすれば、折壁峠から稜線伝いのルートと考えていましたが、そういう林道があったんですね。私もその林道を利用して登ってみたいと思います。ありがとうございます。/ それから、生出山の北西にある判官山も気になる山ですね。地図を見ると山頂付近まで道があるようですし…。/ あらし 2012/05/06 21:38」 「■生出山の林道は普通車でもなんとか走れると思います。/ 判官山への道は、大松沢沿いの原台山に通じる林道から分岐していますが、全行程を歩かないといけないのではと思います。片道2時間でしょうか。/ あかりんだよ 2012/05/07 06:56」

▽参考:(小出山)
▼日詰-気仙沼断層の露頭〔2009/07/02〕|追憶の南部北上|mkawa の地質ブログ(川村信人) http://www.sci.hokudai.ac.jp/grp/mkawa/mkawa_web/kawamura/geol_blog/kitakami/5e9be5f3ef1a54c6103b610da2a540c53d63ebd5.html
▽「〔※略〕/ 上の写真は,陸前高田市と住田町の境にある生出峠*41から北方〔住田町側〕を見たものです.いつ頃撮ったものなんでしょうか?ちょっとすぐには分かりません.ここがデジタルじゃない不便さというか.(^^;/ で,〔写真の〕真ん中を走る沢筋(折壁川*42,だったかな?)がきれいなリニアメントになっているのがお分かりと思います.その向こうを左右に走る谷が大股川ですが,それを越えたところにもはっきりリニアメントが続いています./ これが永広昌之さんの研究*43で有名な大規模な左横ずれ断層,『日詰-気仙沼断層』です./ この峠道,今はおそらくコンクリートで覆われてしまってると思いますが,この写真を撮った当時は,日詰-気仙沼断層がもろに見えていました./ 〔※略〕」

▼246 世田米矢作線(その1 住田町世田米大股〜陸前高田市矢作町的場)|県道生活@いわて http://f48.aaacafe.ne.jp/~iwalife/246setamai-yahagi/seta-yaha.htm
▽「折壁峠越えあり/〔岩手県道〕246 世田米矢作線(その1 住田町世田米大股〜陸前高田市矢作町的場)/ 起点 住田町世田米大股/ ↓ 折壁峠/ ↓ 陸前高田市矢作町三の戸/ ↓ 陸前高田市矢作町木戸口/ 終点 陸前高田市矢作町袖野/ 実延長 17,782.6m/ 走行日 2003.5.10/ ・概要・ 住田町世田米と陸前高田市矢作町を結ぶ県道。どちらかというと、矢作町のための道路かも。折壁峠冬季閉鎖。」
▽「○走行記/ 〔写真:〕大股小学校跡/ 国道397号線の大股〔住田町〕から旅を始める。大股にはかつて小学校があったが廃校になってしまった。廃校からそれほど時間が経っていないのから、生々しく学校の雰囲気は残っている〔※旧大股小学校。現在は大股地区公民館〕。/ 〔写真:〕大股郵便局付近/ 県道〔246号〕は小学校から少し離れた場所から分岐している。たぶん今の国道の旧道だったんだろうという道筋。狭いけど民家がある。そんな状況。大股郵便局の旧局舎は見る価値あり。/ 〔写真:〕折壁橋にて/ 道筋はだんだん不安になってくる。橋が見えてくると、本格的に世田米矢作線。大船渡地方振興局お得意の「この先折壁峠前後幅員狭小のため、バス・大型車等は国道340号・世田米を経由することをおすすめします。」そんな看板もある。/ 〔写真:〕折壁橋を眺める/ 心細い道が始まる。集落は少々あるものの、ほんとに少々。やがて1.5車線程度になり、峠道に。/ 〔写真:〕折壁峠/ サミット〔頂上〕は折壁峠というらしい。手持ちの地図には名前すらない。住田町方面は若干見晴らしが利く。思ったよりは広い場所である。石垣がなんとなく印象的。/ 〔写真:〕陸前高田側ゲート/ 陸前高田にはいると、舗装がイマイチ。決して立派とはいえない。いやいやまんずという感じ。やがてゲートが現れ、ひといきつく。そう、折壁峠は冬季通行止なのである。」

▼原台山〔2006年6月1日〕|やっちゃん日記 http://www5b.biglobe.ne.jp/~yattyann/yattyann_292.htm
▽「〔※略〕/ 岩手県内陸地方から生出小学校〔陸前高田市立生出小学校〕に向かうには、〔1〕一関市大東町から国道343号を陸前高田市に向かうルート。〔2〕奥州市から国道397号住田町へ向い、種山高原を越えて住田町下大股から折壁峠を越えて〔南へ〕向かうルートがあります。今回は折壁峠を越えて向かう事にしました。/ 奥州市から国道397号を陸前高田市へ向かう。種山高原にある道の駅「星座の森」〔道の駅種山ヶ原ぽらん〕から約11.8km下ると住田町下大股に着く。案内標識に従い丁字路を右折して県道246号(世田米矢作線)に入り折壁峠へ向かう。折壁峠は幅員は狭いものの全面舗装されている。通れる車はマイクロバスまで、冬季間は通行止めになる。住田町下大股から約12.6kmで生出小学校に着く。/ 〔※ 略〕」

▼Low-Tech Cycling: ぐるり岩手県南ツーリング〔2009年5月8日〕 http://crank.module.jp/2009/05/blog-post.html
▽「〔※略〕/ ■生出山 国道343号線を大原から陸前高田方面へ登り、ループ橋を下りすこし東へ進んで県道246号線〔世田米矢作線〕に左折〔して北上する〕。ここは車でも走ったことが無かったのですが、道路沿いの川〔生出川?〕の流れがすばらしくキレイ。各々に名前のついたわき水が沢山あるようで名前の書いてある看板が沢山出てきます。走りながら「次のわき水の看板が出たらボトルに汲んでいこうかな」と走ってたのですが、出てきた名前が「毒水(ぶすみず)」だったのにゲッソリしてスルー.../ 〔※略〕」

▼ライフストーリー(人生経験の物語)を聴く旅路で|清水の湧口(陸前高田市)〔2014/11/10〕 http://lifestory2013.blog.fc2.com/blog-entry-38.html
▽「「震災のFW」を終えて、陸前高田から北上へ向かう。いつも新しい道を通ることを心している運転手としては、今回は陸前高田から住田町の街中を通る〔国道〕340号線ではなく、生出山〔おいでやま〕の山腹を通る県道246号線を行くことにした。立教大学コミュニティ福祉学部が林業体験をしているところで、近くにある「炭の家」がこれまでの本部やコミュニティ福祉学部のボランティアの宿泊施設として使われてきた。道には川沿いの一車線で、人家はしだいに少なくなる。人家が途切れた山間の道をしばらく行くと視界が開け、集落が見えてきて、この道を通る目的の一つだった「清水の湧口」についた。「いわての名水20選」にも選ばれた名水が湧いている。〔※略〕」

▼ピンクの自動車〔2011-10-08〕 - 陸前高田市復幸応援センターブログ http://d.hatena.ne.jp/seinen-shichokai/20111008/1318046561

 

 

叶倉山(かのくらやま*44

▽叶倉山(地理院地図 三角点728.2m)。住田町の南域。陸前高田市との境界。西南西に岩手県道246号 世田米矢作線を挟んで生出山。北西に県道246号を挟んで判官山。東を合地沢(かっちさわ)が北流し、合地沢を挟んで東北東に犬頭山、東南東に大平山。北に叶倉沢が発して東流、さらに北に樺山沢源流、その北に石祐山。さらに北方で大股川が気仙川に合流する。

▼〔地図:〕叶倉山 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0571096/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|叶倉山(住田町) https://goo.gl/maps/mk3YHg5kkEu
▼〔地形図:〕地理院地図|叶倉山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.121155/141.520450/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼叶倉山 728.9m 2012年5月20日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_37.html
▽「〔叶倉山は〕折壁峠を通る主要地方道246号線(狭い)*45をはさんで、判官山と対峙している山です。先ほど登った判官山や先日登った生出山〔おいでやま〕から樹間に見えましたが、なかなか全容が見える場所がありません。/ この山も、山頂付近まで道が書かれていますが、山頂一帯を走る道が、下界と破線の道でしかつながっていないという不思議な状況です。実際はどこかでつながっている可能性はありますが、確認は困難です。/ 〔南斜面に発して北東に流れる〕合地沢〔かっちさわ〕沿いの林道は、山頂南西の牧草地内で破線の道となり、牧草地を過ぎるとまた二重線の道(地図によって表記は異なる)になるので、かなり遠回りですが、ここから登れるのではと思い、先日行ってみましたが、林道が分岐するあたり(168m点)で通行禁止の看板があり、ちょっと行ってみると土砂崩れでした(連休豪雨のあと)。歩けば7-8キロはありそうです。/ 西側〔の県道〕246号の折壁地区〔住田町〕から破線の道があり、600mほど進むと二重線の道になり、山頂方向に向かい、合地沢からの道に近づいています。しかし地図では連結しておらず、100mほどの隙間があります。また破線の道は、先日の偵察で車の通行はできませんでした。Google写真で、このコースを見ると比較的明瞭です。山頂までは4キロ程度と思われます。/ 楽な山だけ登っていてはいけませんので、判官山を下山してからこのコースで挑戦することにしました。/ 〔※略〕/ 山頂直下まで林道を歩き、山頂へは林間、笹藪を経て1時間28分でたどり着きました。山頂からは西側と南側の展望があり、陸前高田の海までうっすら見えました。/ 三角点は藪の中で、すぐに発見できました。プレートはありませんでした。/ 〔※略〕」

 

 

大平山(おおだいらやま*46

▽大平山(地理院地図 三角点691m)。住田町の南域。陸前高田市との境界。北に犬頭山。西北西に叶倉山。東麓に気仙川と国道340号(高田街道)が並行して南へ向かう。南東に雷神山(陸前高田市)。

▼〔地図:〕大平山 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0579768/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|大平山(住田町) https://goo.gl/maps/swBXFtTeBHG2
▼〔地形図:〕地理院地図|大平山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.107902/141.558602/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼大平山 691.5m 2012年5月5日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_12.html
▽「この山〔大平山〕も陸前高田市住田町の境界にあります。各方向から林道がありますが、いずれも山頂からはかなり離れており、アプローチのしにくい山です。/ 北側の658mピーク近くまで林道に続いて破線の道ががのびています。ここから南下するコースを選びました。〔※略〕/ 振り返ると、氷上山脈、雷神山が見え、陸前高田の町まで見渡せます。ということは高田の街からも、大平山は見えるのでしょう。機会があれば同定してみたいと思います。/ 〔※略〕/ 〔山頂には〕三角点の代わりに?石柱があり、三角点は発見できませんでした。少し離れた場所に文字が消えかけたプレートがありました。赤文字であり、プレートの造りから大万館山と同一人物の作品のように思えます。/ 〔※略〕」

 

 

石祐山(いしすけやま*47

▽石祐山(地理院地図 510m(三角点なし))*48。住田町の南西寄り。北麓に国道107号(盛街道)が走り、大股川が蛇行する。南に叶倉山。南西に判官山。北西に柏里(かしわり)トンネルがある。岩峰の山という。

▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|石祐山 510m(住田町) https://goo.gl/maps/7UMb5nR1awr
▼〔地図:〕地理院地図|石祐山 510m(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.151379/141.518047/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼石祐山 510m 2012年9月17日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_19.html
▽「地図には名前がありません。国道107号線の柏里トンネル付近から見える岩峰の山です。道路わきの案内板〔下柏里地区〕に石祐山(いしすけやま)510mと書いてある*49のを以前に発見していました。/ 〔2012年〕5月5日に行ったときは林道が雨でえぐれて全く走行できずにあきらめました。/ 樺山沢沿いの林道起点には鳥居があります。荒脛(あらばき)神社*50となっていますが、山頂の祠との関連は不明です。また「川口樺山三十三観音入口*51となっていますが、未確認です(検索すると出ます)。/〔※略〕/ 案内板には〔石祐山の〕名前だけで、登山道などは書かれていませんし、山にも標識などは全くありませんでした。しかし、目立つ岩峰の山を奇人と熊と鹿だけのものにしておくのはもったいないなと思いました。/ 地図を見直してみると、すでに登った叶倉山と峰続きともいえます。/ 高清水山、高森山、石祐山と比較的藪が少ない山が続きましたが、事前に藪の状況はわかりません。この付近の山なら藪が少ないのかといえば、叶倉山判官山は深い笹藪や灌木で歩きにくい林間がありました。やはり行ってみなければわからないのでしょう。/ 岩手県立住田高等学校の校歌には、「岩根険しくそそり立つ 樺山の森庭として」と歌われており、この付近の山をイメージしているものと思われます。/ 〔※略〕」

▼案じすぎた高森山〔2012/09/17〕|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_17.html
▽〔コメント欄:〕「引き続いて住田町の地図には名前のない石祐山の山頂です。国道107号線わきにあり異彩を放つ岩峰の山です。いま絶壁の下を走る車が見えますが、標高は510メートルながら差は380メートル。まさに金冷やしです。/ 〔投稿者:〕あかりんだよ 2012/09/17 14:45」

▽参考:
▼大平山 691.5m 2012年5月5日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_12.html
▽「〔※略〕 なお、この山〔大平山〕に先だっての偵察の結果です。犬頭山に向かう犬頭林道は世田米の入口で土砂で通行できない状態でした。合地(かっち)沢沿い叶倉山への林道は土砂崩れ、石祐(いしすけ)山(地図に名前がない岩峰:540.4m〔510m〕)への林道は大雨でのえぐれのため通行不能でした。」

森岳 545.1m 2012年9月29日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_26.html
▽〔※コメント欄:〕「〔※略〕住田町には地図に名前のない山が結構あります。/石祐山〔いしすけやま〕付近にあり、住田高校の校歌に歌われている「樺山」は現時点ではどの山なのか不明です。先日登った石祐山隣の三角点ピーク〔539.7m〕ならばラッキーなのですが、〔その石祐山の隣の〕三角点名は「柏里〔かしわり〕」です。/〔※略〕/ 〔投稿者:〕あかりんだよ 2012/09/29 18:09」

 

 

樺山(かばやま*52

▽樺山。不詳。おそらくは岩手県立住田高等学校の南西、南麓に樺山沢が東流する山(三角点なし456m)を指す。もしくは住田高校の南、樺山沢と合地沢の間にある山(三角点あり462.6m)、あるいは住田高校の北西に位置する山(三角点あり373.5m)*53を指す可能性もあるか。「川口樺山三十三観音」がある。(なお、おそらく同名の別の樺山(808.3m)が、住田町の北西域、荷沢峠のすぐ東にもある*54。)

▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|県立住田高等学校(住田町) https://goo.gl/maps/iDEuwNv7uqN2
▼〔地形図:〕地理院地図|県立住田高等学校(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.150913/141.537359/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▽参考:(樺山)
森岳 545.1m 2012年9月29日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_26.html
▽〔※コメント欄:〕「住田町の地図に名前がある〔未登頂の〕山はあと2つになりましたが、住田町には地図に名前のない山が結構あります。/ 石祐山〔いしすけやま〕付近にあり、住田高校校歌に歌われている「樺山」は現時点ではどの山なのか不明です。先日登った石祐山の隣の三角点ピークならばラッキーなのですが、〔その〕三角点名は「柏里〔かしわり〕」です。/ ほかにも二等三角点があるのに地図には名前のない山もあります。そこまで寄り道すると泥沼にはまりますが、気になりだすと止まりません。/ 〔投稿者:〕あかりんだよ 2012/09/29 18:09」

▼石祐山 510m 2012年9月17日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_19.html
▽「〔※略〕/ 高清水山、高森山、石祐山と比較的藪が少ない山が続きましたが、事前に藪の状況はわかりません。この付近の山なら藪が少ないのかといえば、叶倉山判官山は深い笹藪や灌木で歩きにくい林間がありました。やはり行ってみなければわからないのでしょう。/ 岩手県立住田高等学校校歌*55には、「岩根険しくそそり立つ 樺山の森庭として」と歌われており、この付近の山をイメージしているものと思われます。/ 〔※略〕」

岩手県立住田高等学校|樂水樂山 http://www2.iwate-ed.jp/smi-h/rakusuirakuzan/rakusui.html
▽「「樂水樂山」は、住田高等学校の町民向け情報紙です。本校の教育活動や生徒の活動の様子を広く町民の皆様にお知らせするために発行したものです。/ 「樂水樂山」の名称は、発行にあったて〔あたって〕生徒と教職員に募集したところ、気仙川、清流、樺山、五葉山などの山や川に関係するものと、爽やか、活気、生き生きなど生徒や学校の様子を表すものとが多くありました。そこで、この両者を包含し、教育活動にも関係するものとして、孔子の『論語』の一節から造語を作り、「樂水樂山」としました。/ 〔※略〕」

▼番外 樺山三十三観音 - 祈りの道 気仙三十三観音再興プロジェクト http://kesenkannon.jimdo.com/%E5%90%84%E9%9C%8A%E5%A0%B4%E7%B4%B9%E4%BB%8B/%E7%95%AA%E5%A4%96-%E6%A8%BA%E5%B1%B1%E4%B8%89%E5%8D%81%E4%B8%89%E8%A6%B3%E9%9F%B3/
→▼各霊場紹介(『気仙三十三観音 郷土けせんを記録にとどめる写真集』による):気仙三十三観音23-33.pdf - 祈りの道 気仙三十三観音再興プロジェクト http://kesenkannon.jimdo.com/%E5%90%84%E9%9C%8A%E5%A0%B4%E7%B4%B9%E4%BB%8B/
▽「p.81/ ■番外 樺山三十三観音/住田町世田米川口」 「樺山(かばやま)三十三観音」は、西国札所の尊像を、自然石に線画で彫り込んだもので、当初は、この地の岩山の各所へ配置して巡礼する計画であったらしいのですが、その後、風水害で破損したり、また、巡礼は実際に危険でもあってので〔あったので〕、地元の成年有志によって洞穴のある一角に集められたといいます。/ 施主となられた方は、遠野市附馬牛(つきもうし)出身の千葉虎之助という人。昭和の初めこの地に滞在して、毎日お風呂を沸かしたりしていましたが、やがて川石を運び上げ、連日鏨(たがね)の音を響かせていたと申します。完成後は、何時とはなく姿を消したとか。」 ※写真5葉、地図あり。住田高校の南、国道107号(大股川)対岸の鳥居の先に「樺山三十三観音」を図示する(地図では「梶山観音」と誤植)。

▼気仙・辺辺の四季57 樺山三十三観音 http://www.saitoseika.co.jp/adariHP/adariho57/adarihodori57.htm
▽「住田町世田米川口ちょうど大股川と有住川の合流点県立住田高校の向こう側に「樺山三十三観音」と言う看板が立っている*56。/ 西国三十三番札所として大判小判のような形の自然石を河原から集め一体づつ札所の本尊を石彫にして建立されている。/ 昭和のはじめ頃、遠野の附馬牛(つきもうし)という所から千葉寅之助という祈祷師がやって来て樺山の入り口に小屋を建てこの仏像を刻んだ。/ このチバ寅さんは当時、霊泉といわれていた涌き水を利用して風呂を沸かして悠々自適の隠居生活を送る。/ 村人は、野菜や米などを持参してはこの風呂にやってきた。/ そのうち「樺山温泉」と名付けられ利用する人もしだいに増えてきた。/ 河原の石を背に運びはじめ、沢いっぱい積み重ねては石仏を刻みはじめたのは今から七十年前の昭和七年〔1932年〕。/ 来る日も来る日も一心不乱にタガネとハンマーの音だけが樺山沢に響きわたった。/ 三十三観音が完成したころチバ寅さんはフイに姿を消してしまう。/ その後、洪水や風水害で石碑が沢筋に流れてしまった。/ このため、川口地区の青年たちが散在していた石像を1ヶ所に集めその中心に二メートルほどの聖観音立像を建立し地域の守護仏とした。/ 聖域を護る人がいなくなったからか苔むした石仏群は今、緑陰の中でひっそりと眠っている。」

▼第2回川口まちづくり探検隊~その1〔2006年09月05日〕|もさばSUMITA好いネット管理人の日記 http://sumitayoi.seesaa.net/article/23285739.html
▼第2回川口まちづくり探検隊~その2〔2006年09月07日〕|もさばSUMITA好いネット管理人の日記 http://sumitayoi.seesaa.net/article/23397738.html
▽「うおまさドライブインを出発し、大渡橋を渡って川口まちづくり探検隊一行がまず始めに向かった先は「三十三観音〔樺山三十三観音〕」/ 前々から川口の奥にあるってことは知っていたのですが、この付近の山は何か独特の雰囲気があって近寄りがたく、熊もよく出没するという噂のポイントでした。/ んで、少し奥に入ったところにその昔風呂を湧かしてはいっていたという小屋の廃屋があり、そのちょっと奥に上の画像〔写真〕の観音様が祀られていました。/ この観音様は沢を挟んで崖の上に祀ってあって…いったいどうやってあのような場所に観音様を祀ったのだろうかと不思議に思っていましたが、なんでも昔は橋が架かっていたそうですが、事情があって取り外されたのだそうです。/ その事情は地元ならではの裏話のようですのでココでは書きませんね(笑)/ んで、さらにちょこっと奥に足を運ぶと階段が出現。階段を登ると現れたのが石に刻まれた三十三観音!/ その昔はこの沢沿いにバラバラに祀ってあったのですが、ある時に川口の青年団の皆さんで集めて一カ所にまとめたんだそうです。/ はたしてこの三十三観音はいったい誰が掘ったのか?その説明はされたのですが、ワタクシ大和魂は寝不足でうろ覚えのため…後で調べて詳しく書きます(^_^;)」
▽「三十三観音を参拝し、次に一行が向かった先は「アラハバキ神社〔荒脛神社(あらばきじんじゃ)〕」/ アラハバキといえば『東日流外三郡史』*57で良くも悪くも有名になりましたが、実際の所はよくわからないようですね。とりあえずこちらのアラハバキ様は飢饉や疫病が流行したときに拝まれていたそうで…これもとりあえず後で調べます(^。^;)/ アラハバキ神社への道のりは険しく、けっこう急な山道を登りました。山道は少し崩れている所などがあって少々危険でしたが、皆さん無事に神社に辿り着きました。/ 山の上にあるアラハバキ神社〔荒脛神社〕…なんでもアラハバキ様は神社として正々堂々祀られているのは非常に珍しいんだそうです。/ 征伐された東北の豪族や民族の総称をアラハバキといって、んでその荒ぶる御霊を祀ったのがアラハバキ様のようですが、神社としての信仰ではなく石碑や祠としてひっそりと信仰されていたようです。/ ん~ここのアラハバキ様はひっそりと言うより平然と信仰されていたようですね。/ 『荒脛神社について』/ どうやらアラハバキ神社がなぜ「アラハバキ」なのかは、あまり明確ではないようです。/ 作業するといなどに臑(すね)につけるものを「はばき」というみたいですが、それがどのように関係があるのか今のところ不明だそうです。/ 地域では「旅の神」あるいは「戦いの神」として信仰されてきたそうです。/ この神社が鎮座する川口地域〔住田町世田米〕で、その昔、伝染病が流行した時、各家で病魔退散を祈り、21日間参詣したところたちまち快癒したそうです。/ 御利益ある霊験豊かな神社のようです。」

▼南三陸滝見隊|樺山沢の滝〔2012/06/14〕 http://takimitai.blog.fc2.com/blog-entry-212.html

▼岩手の洞窟 http://www2s.biglobe.ne.jp/~kkoyama/list/list03.html

▼地名コレクション 洞 (洞窟) http://uub.jp/nam/dou.html

 

 

犬頭山(いぬがしらやま*58*59

▽犬頭山(地理院地図 三角点552.9m)。住田町の南域。世田米市街地の南西に位置する。南に大平山。西に叶倉山。北麓から東麓を気仙川が流れ、国道107号(盛街道)と国道340号(高田街道)が走る。西麓には合地沢(かっちさわ)が北流する。(なお、釜石市にも同字の別の犬頭山(853m)*60がある。)

▼〔地図:〕犬頭山 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0572844/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|犬頭山(住田町) https://goo.gl/maps/34nEVNLqjGm
▼〔地形図:〕地理院地図|犬頭山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.129478/141.562808/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼犬頭山 553.3m 2012年5月13日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_27.html
▽「犬頭山は何と読むのかわかりません*61。生糸に関係ある犬頭(けんとう)神社というのが愛知県にあるようです。それとも「いぬがしら」と読むのでしょうか。/ 「いのかしらやま」と書いてあるサイトがありました。山の名前を網羅したこのサイトには、読み方の出典を問い合わせるメールを出したことがありますが、返事はありません。Wikiでよく指摘されているように、ネットの情報には出典、論拠が必要でしょう。/ 同じ名前の山は釜石市の仙磐山近くにもあります。」
▽「〔犬頭山は〕住田町の中心市街地世田米(せたまい)の南西にもっこりと構えた山です。町民のハイキングコースとして整備されているのではないかと思っていました。/ 林道には国道107、340、397号線の共通区間から直接入りますが、〔2012年〕5月5日には林道入口で土砂崩れが起きていました。大船渡の山が予定より早く終わったので、もう1山に選択し、登れたら登るつもりでやってきました。土砂崩れは除去され通行可能でしたが、やはり雨での林道崩壊はかなりのものでした。山頂南側まで林道を進んでみましたが、取りつきやすそうなところを発見できませんでした。/ 地図の標高321m点付近からの破線が山頂までつながっています。これをハイキングコースと踏んでいましたが違いました。昭和60年ころ〔1985年頃〕のオーナー林制度*62のための作業道のようです。近くに案内板がありました。車で入るとまもなく通行不能になりました。/ いったん退散し、再び取りつき場所を探して林道を南下すると、321m点から山頂まで続く尾根に東側から乗っかると思われる道があるのを発見しました。/ 〔※略〕/ 山頂までは25分、三角点、青白プレート、文字が消えた木のプレート(よく見かけるもの)がありました。樹間に世田米の市街地が見えました。先日登った大平山方面はよく見えません。北側には森岳大船渡鉱山の山が見えました。/ 〔※略〕」

▽参考:(犬頭山)
▼大平山 691.5m 2012年5月5日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201205/article_12.html
▽「〔※略〕 なお、この山〔大平山〕に先だっての偵察の結果です。犬頭山に向かう犬頭林道は世田米の入口で土砂で通行できない状態でした。合地(かっち)沢沿い叶倉山への林道は土砂崩れ、石祐(いしすけ)山(地図に名前がない岩峰:540.4m〔510m〕)への林道は大雨でのえぐれのため通行不能でした。」

▼世田米から陸前高田〔2011/03/18〕|追憶の南部北上|mkawa の地質ブログ(川村信人) http://www.sci.hokudai.ac.jp/grp/mkawa/mkawa_web/kawamura/geol_blog/kitakami/890089a9963a85048991bd7df2bd91d479b5ba1a.html
▽「震災〔東日本大震災、2011年3月11日〕から1週間,時が経つほどに新たな状況が次々に出現しており,復旧とか復興とかいう言葉の影はまだ見えてきていません./ 昔の南部北上調査の際の写真をいろいろ眺めていたら,こんなのが出てきました.おそらく住田町の中心部である世田米(せたまい)付近の尾根から南方を撮影したもので,画面左下から流れているのが気仙川.その河口付近に見えているのが陸前高田市の市街地の西側の一部です.海岸が黒く縁取られているのは,有名な高田の松原でしょう./ いつ撮影したものかは分かりませんが,D論でこのへんを踏査していたのは1980年前後なので,その頃のものと思われます.この写真を見ていたら,またもや心が裂けそうになりました./ その日の調査が早く終わったときなど,原付バイクで陸前高田まで行き,喫茶店でコーヒーを飲んだことなどが思い出されます.たしか『コーナー』という喫茶店だったと思いますが,おそらく津波で...orz/ 撮影場所が正確に分からないので,カシミール3Dを使って探してみたら,どうやら前期石炭紀の大型珊瑚化石の産出で有名な犬頭(いぬがしら)山の山頂付近からであることが分かりました./ 〔犬頭山は〕世田米の西にそびえる山です.南北に連なる尾根の一部を形成していて,ちょうどそのへんが南北方向の背斜軸になっています.左奥に見える高い山は,有名な氷上(ひかみ)山〔陸前高田市〕./ 住田町内は,Twitter とかの各種情報によると,特に大きな斜面災害も起きておらず,無事なようです*63.救援に駆けつけた米軍救助隊のベースキャンプ地として使われているという情報もありました.」

▼大平層の浅海相〔2010/01/29〕|追憶の南部北上|mkawa の地質ブログ|川村信人の個人ページ http://www.sci.hokudai.ac.jp/grp/mkawa/mkawa_web/kawamura/geol_blog/kitakami/a92dae7aed4db05e192bbda683d721b8c50df75d.html
▽「〔※略〕 上の写真は,住田町犬頭林道の砕屑性石灰岩です.けっこう色が黒いので私はずっと鬼丸層の石灰岩だと思い込んでいたのですが,要するに大平層最上部なのかも.こういった層相の漸移関係はあちこちで見られていて,要するに両層は整合関係だということになります.この辺は,川村・川村・加藤(1985)〔論文「南部北上山地世田米 :雪沢地域の下部石炭系大平層・鬼丸層」〕で詳しく記載しましたが,犬頭林道だけでなく,平貝の沢入り口などでも確認できます./ 〔※略〕」

▼研究テーマ2.刺胞動物の系統と古生物科学|EZAKI Yoichi / 江﨑 洋一 Web Site - 大阪市立大学 大学院理学研究科・理学部 http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/geos/geo6/ezaki/theme2.html

 

 

森岳

森岳地理院地図 三角点544.7m)。住田町の中央域。北西に東峰山。西に国道340号。南に国道107号、気仙川が東流。南西で大股川が気仙川に合流、東へ向かう。東麓に柿内沢が南流。東方に大船渡鉱山(世田米)がある。南東には世田米本町、川向地区。南方に気仙川を挟んで犬頭山。

▼〔地図:〕森岳 - 気仙郡住田町世田米/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0577199/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|森岳(住田町) https://goo.gl/maps/9eThG4uuWEM2
▼〔地形図:〕地理院地図|森岳(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.161396/141.558988/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

森岳 545.1m 2012年9月29日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_26.html
▽「終盤戦に入り、全山制覇の見通しが立った住田町の森岳です。種山高原の道の駅〔道の駅種山ヶ原ぽらん〕に車中泊をしました。〔※略〕/ 森岳は、住田町の中心部世田米(せたまい)の北西部に構えるもっこりとした山で、犬頭山〔いぬがしらやま〕と対峙しています。両山とも地元の山として登山道があってもよさそうなのに、残念ながらどちらにもありません。/ 森岳の東側から南側の標高250〜300m付近に林道(高貝線)*64があります。この林道のどこかから稜線に取りつけばよいのですが、なかなかよい稜線が見つかりません。そして先日偵察したときに、林道の入口で土砂崩れが起きており、通行できませんでした。/〔※略〕 再び急斜面を登り、最高点である575mピーク〔三角点ピークの北側〕には6時41分に到着しました。この山のように、三角点ピークよりも高い場所がある場合は、そちらにもできる限り行くことにはしています。ここから南北に長い山頂稜線を南に進み、6時48分に三角点ピーク〔544.7m〕に到着しました。/ 下界には雲がかかっており、プチ雲海のようでしたが、樹間にわずかに見える程度で、写真にはうまく撮れません。/ プレートはときどき見かけるかすれた赤文字の手書きプレートが1枚ありました。隣の東峰山には青白プレートがあったので、ここにも当然あるだろうと思っていました。最近あまり青白プレートにお目にかからないのはなぜなのでしょう。/〔※略〕/ これで〔未登頂の〕住田の山はあと2つとなりました。/ 〔※略〕」

 

 

東峰山(あつまねやま/あずまねやま*65

▽東峰山(地理院地図三角点 619.0m)。住田町の中央域。世田米市街地の北に位置する。南西に森岳。北に気仙川および上有住を抜ける国道340号(世田米街道)を挟んで母衣山。同じく北西に鷹取山。西に大畑峠(旧遠野高田街道の一路)。東に朴峠(旧遠野高田街道の一路)。南東に大船渡鉱山(世田米)。

▼〔地図:〕東峰山 - 気仙郡住田町上有住/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03441/L0581532/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|東峰山(住田町) https://goo.gl/maps/Db8eMWkHnZz
▼〔地形図:〕地理院地図|東峰山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.175636/141.577055/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼東峰山 619.8m 2012年6月3日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201206/article_6.html
▽「地図には〔東峰山に〕「あつまね」とルビがついています*66。/ 住田町の山は、標高は低くてもどっしりと構えた山がいくつかあります。この東峰山もそうですし、近くの森岳、母衣下山もそうです。/ 先日西側の大畑峠*67を通り、ここからも登れそうな雰囲気でしたが、標高差260mの急登です。東側の朴峠からも林道が通じており、最接近部での標高差は190mですので、こちらのほうが楽そうです。/ 住田町〔上有住八日町の市街地はずれから朴峠への林道に入りました。この林道は大船渡鉱山の近くを通り、世田米につながっています。/ 〔※略〕/ 近くにアンテナがある山(無名)がありますが、大船渡鉱山の敷地内のようで、入ることはできないのかもしれません。東峰山の写真を撮るために林道を八日町に引き返しました。/ 〔※略〕」

▽参考:(東峰山)
▼東峰の残骸〔2010-04-29〕 : 不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!- http://dostoev.exblog.jp/13564554/
▽「〔※略〕/ まあ他にも書き記されてはいるが、住田町東峰〔東峰山〕はとにかく、山の形が東屋に似ているから名付けられたというのが本当らしい。古くからの信仰の山であったようだが、山には山伏が入り滝などがあった場合、その証として”不動の滝”というものを残す。不動の滝あれば、山伏か築いたルートという事になるようだ。もしも住田町の東峰山早池峰と同じ姫神を祀っていたとして、沿岸や閉伊からも参拝者が来たというのなら、沿岸はともかく閉伊の人間はそのまま住田町の東峰ではなく、そのまま早池峰へと参拝に行けばいいのてあるから、住田町の東峰山は早池峰との信仰の繋がりは無いものと思う。また住田町の古碑に”早池峰”とある地は、どびや〔下有住〕*68五合畑上有住〕・高瀬〔高瀬〕の三つしかなく、唯一東峰山の麓であり、東峰山を東に望む高瀬早池峰との結び付きの可能性を示すが、古碑の年号は明治40年〔1907年〕であり、比較的新しい為、古来から早池峰を信仰していたとは、ならないだろう。/ 〔※略〕」

▼住田伝承|安倍貞任伝承館 http://homepage1.nifty.com/tomori/museum/4/course404.htm
▽「■住田町下有住/ 〔安倍〕貞任が清原氏に追われ、下有住に逃げてきた。黒森平(横川下流)に漆と黄金を埋め、目印に水仙を残していった。/ ■下有住 上有住/ 貞任が開発した軍馬用放牧地のひとつ。葉山番所と呼ばれ、家臣に管理させた。天喜の頃〔源〕頼義軍の攻撃を受ける。貞任が出陣し天岳から攻め下り、頼義軍は東峰山に陣取った。頼義軍敗退。」「参考文献:気仙風土記

 

 

高森山

▽高森山(地理院地図 三角点717m)。住田町の南東域。大船渡市との境界。北麓を気仙川が西流。東に六郎峠(岩手県道180号 上有住日頃市線)があり、さらに東方に黒岩、五葉山。南方には太平洋セメント長岩鉱山(大船渡市)、白石トンネルがある。西方に東峰山。南東方面に毛無森山(大船渡市)。

▼〔地図:〕高森山 [岩手県気仙郡住田町上有住]の詳細情報 - Yahoo!ロコ http://loco.yahoo.co.jp/place/g-yYH12oZ8otc/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|高森山(住田町) https://goo.gl/maps/JeQ6CcioF7u
▼〔地形図:〕地理院地図|高森山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.180427/141.647651/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼高森山(住田) 717.6m 2012年9月17日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_18.html
▽「高森山という名前の山もたくさんあるようです。今回登った高森山住田町にあります。/ 住田町の山はまだいくつか〔未登頂のものが〕残っていますが、難題だった高清水山〔たかすずやま〕があっけなく終わったため、次の難題であった高森山に挑みました。残る3山は直登タイプの山のため、今年中〔2012年中〕にはクリアできそうです。/ 六郎峠から大船渡市との境界の稜線をたどるのがわかりやすそうです。晩秋以降であれば比較的容易と思われますが、約2kmと結構距離があります。冬の六郎峠は通行できるのかどうかも不明です。東斜面を直登できないかとも考えましたが、容易ではなさそうです。西側の破線の峠越えも果たして道があるのかどうかわかりません。/ 「点の記」*69六郎峠から〔西へ〕稜線伝いに歩いたとなっていました。かなり古い記録であてになるかどうかわからないのですが、高清水山〔たかすずやま〕に道があったからここにもあるかもしれないと期待しました。全行程藪こぎならこの暑さでは無理でしょう。しかし今の時期に挑戦してこそ、奇人です。/〔※略〕/ この先は登り一方です。途中荒れて道が途絶えた斜面がありましたが、藪をこぐわけでもなく、すぐに歩きやすい林間に戻りました。振り返ると〔東方の〕愛染山高清水山方面がよく見えました。五葉山は雲の中のようでした。/ 市町境界のピークに到達し、ここで北に方向を変え、膝までの笹原を歩いて、三角点山頂に到達しました。六郎峠から57分でした。山頂からの展望はありません。/ これだけ楽勝の山でしたので、プレートはきっとあるだろうと思いましたが、1枚もありませんでした。最近青白プレートもあまり見かけないような気がします。/ 〔※略〕」

▼案じすぎた高森山〔2012/09/17〕|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201209/article_17.html

▽参考:(高森山)
▼小松峠礫岩〔2009/07/02〕|追憶の南部北上|mkawa の地質ブログ(川村信人) http://www.sci.hokudai.ac.jp/grp/mkawa/mkawa_web/kawamura/geol_blog/kitakami/86619426df5a275ad558325ae1cee7f7eb7f5ae7.html
▽「〔※略〕/ この〔写真の〕礫岩サンプルは,私が採取したものではありません.以前穂別町立博物館に勤務されていて現在旭川市在住の地徳力さん(そのスジでは有名人)が,彼の卒業論文のときに採ったものです.北上古生層研究グループ(1982)〔「南部北上帯の先シルル紀基盤」〕ではこれを“小松峠礫岩”と呼んでいますが,もしかするとその地名は不正確かも?/ 正確に言うと,岩手県住田町中埣(なかぞね)から大船渡市石橋に抜ける林道の峠付近で採取したものです.この峠は国土地理院の地形図では『六郎峠』と表記されています.そういう意味では,“六郎峠礫岩”とすべきかも?/ 〔※略〕」

▼氷上小岩体研究グループ〔2010/01/25〕|追憶の南部北上|mkawa の地質ブログ(川村信人) http://www.sci.hokudai.ac.jp/grp/mkawa/mkawa_web/kawamura/geol_blog/kitakami/66f23e449fde9a6fd84db22f8efe2e104d8920d2.html
▽「〔※略〕/ この写真は,北上古生層研究グループの前身である『氷上小岩体研究グループ』の小松峠岩体調査前記念写真だと思います.撮影年月日は分かりません.後ろの北上の風情を見る限りでは春でしょうね./ 後列左が永田秀尚さん,右が田近淳さん(道立地質研),前列左が中井均さん(都留文科大),右が私です./ 〔※略〕」

東北大学総合学術博物館 | IGPS no. 92045 - Columnaria gigantea Murata - 古生物標本データベース http://webdb2.museum.tohoku.ac.jp/data_base/IGPS/020628_.html

 

 

▽▽黒岩(くろいわ)

▼〔地図:〕黒岩 - 気仙郡住田町/峠・渓谷・その他自然地名:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07008/03441/L0640478/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|黒岩(住田町) https://goo.gl/maps/rKZzyD2VrGu
▼〔地形図:〕地理院地図|黒岩(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.191903/141.711423/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼黒岩 1321.7m・五葉山 1341.3m 2012年7月22日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201207/article_41.html
▼あすなろ山荘・五葉山・黒岩 2016年8月10-11日 その1|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201608/article_26.html
▼あすなろ山荘・五葉山・黒岩 2016年8月10-11日 その2|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201608/article_27.html

 

 

五葉山(ごようざん)

▽五葉山。住田町の東南域。大船渡市、釜石市との境界。「霊峰 五葉山」とも呼ばれる。

▼〔地図:〕五葉山 - 釜石市大船渡市・住田町/山:マピオン電話帳 http://www.mapion.co.jp/phonebook/M07003/03211/L0573170/
▼〔航空写真:〕Googleマップ:航空写真|五葉山(住田町) https://goo.gl/maps/AbWmwGfGoC32
▼〔地形図:〕地理院地図|五葉山(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.203876/141.729019/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

 

▼五葉山 1341.3m 2011年10月16日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201111/article_40.html
▼五葉山・しゃくなげ荘 2015年12月12-13日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201512/article_17.html
▼あすなろ山荘・五葉山・黒岩 2016年8月10-11日 その1|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201608/article_26.html
▼あすなろ山荘・五葉山・黒岩 2016年8月10-11日 その2|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201608/article_27.html

 

 

▽その他参考:

▼Iwate University Repository: 岩手縣に於ける地的胴体部の地誌學的研究(横田幸八, 1950) http://ir.iwate-u.ac.jp/dspace/handle/10140/641

▼CiNii 論文 - 南部北上山地, 世田米地域の古生層について(斎藤靖二, 1966) http://ci.nii.ac.jp/naid/110004643451

▼CiNii 論文 - 日詰-気仙沼断層 : とくにその性格と構造発達史的意義について〔永広昌之, 1977〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/110004645386

▼CiNii 論文 - 南部北上山地世田米-雪沢地域の下部石炭系大平層・鬼丸層(川村寿郎、川村信人、加藤 誠, 1985) http://ci.nii.ac.jp/naid/110003023579

▼CiNii 論文 - 南部北上帯世田米地方の石炭系岩相層序(その1) : 世田米亜帯下有住地域〔川村信人, 1985〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/110003023595
▼CiNii 論文 - 南部北上帯世田米地方の石炭系岩相層序(その2) : 世田米亜帯横田地域〔川村信人, 1985〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/110003023601
▼CiNii 論文 - 南部北上帯世田米地方の石炭系岩相層序(その3) : 大股亜帯加労沢〜生出地域〔川村信人, 1985〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/110003023608

▼「湊 正雄 (1941) 岩手県気仙郡世田米地方の下部石炭系について.地質学雑誌,48, 469-490.」*70

 

 →▼住田町の「山」(その2) - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2016/09/13/010000

 

*1:住田町ホームページに「総面積 335km2/ うち森林面積 303km2(森林割合約90%)」とある。 →▼住田町のこと http://www.town.sumita.iwate.jp/ijyu/about.html フォレストストック協会Webサイトは次のように記述する。「住田町は岩手県東南部に位置し、町面積の約9割を森林が占めています。町の中央を流れる気仙川を始め、森の恵みを受けた清流と、周りを囲む山々による美しい景観が広がっています。」 →▼【森からの便り】住田町の森林|一般社団法人フォレストック協会 http://www.forestock.or.jp/forests/sumita/tayori20111101.html

*2:「町勢要覧」。発行日が記載されていないが、PDFファイル名に「H23」を用い、内容に東日本大震災への言及が見られないことから、平成23年度版(2011年度版)と推定できる。PDFファイル自体は住田町ホームページ上にあるが、配布ページは不詳(リニューアル前の旧ホームページでPDF配布していた)。なお、最新版の「町勢要覧」は2015年度版(町制60周年記念版)。次のページから閲覧できる。 →▼住田町町勢要覧〔2016年2月25日〕|住田町 http://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2015020300014/

*3:『住田町防災マップ[携帯版]』は住田町ホームページでPDF配布している。 →▼住田町防災マップ|住田町 http://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2016011800018/

*4:「大鉢森山(おおはちもりやま)」。山名読みはホームページ「山行記録 by かぬか平」掲載の読み仮名に従う。 「山名: 鷹ノ巣山(たかのすやま)792.1m、大鉢森山(おおはちもりやま)732.9m」。 →▼鷹ノ巣山、大鉢森山|山行記録 by かぬか平|山紀行とブナ http://www2s.biglobe.ne.jp/~kanuka/yama/taka/taka.htm

*5:大鉢森山。Webサイト「ハイキングさ あべじゃ」に同名の山の写真を載せるが、親ページ「岩手の山〔1〕」には『再発見 胆江地方から見える山々』(胆江日日新聞社, 2000年)掲載とある。おそらくは奥州市の大鉢森山か。 →▼大鉢森山(H19.5.1) http://www17.plala.or.jp/jinsan/yam93oh8mori.html トップページ。 →▼ハイキングさ あべじゃ http://www17.plala.or.jp/jinsan/

*6:「同名の別の大鉢森山(標高633.6m)」。奥州市水沢区と一関市の境界にも大鉢森山がある。標高633.6m。住田町から西南西、蓬莱山(奥州市)の西に位置する。 →▼地理院地図|大鉢森山(奥州市http://maps.gsi.go.jp/#12/39.073977/141.249332/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0 「大鉢森山という山名は、蓬来山〔奥州市〕をはさんで東西に二山あるので紛らわしいが、今回登る大鉢森山は蓬来山の西側、奥州市曹洞宗東北総本山・「正法寺」の裏山にあたる場所にある。」 →▼大鉢森山〔2009/08/28〕|やっちゃん日記・山行記録集 http://suuko.at.webry.info/200908/article_14.html 同山の山名読みは岩手日報紙に見える。「〔2012年5月〕22日開業に向け盛り上がる「東京スカイツリー」ブームに合わせ本年度、奥州市水沢区黒石地区で新たな地域おこしが始まる。奥州、一関両市にまたがる大鉢森山(おおはちもりやま)は標高633・6メートルで、スカイツリー(634メートル)とほぼ同じ高さ。同日は市内の登山会が現地でトレッキングを予定するほか、今後は地元自治会が案内板などを整備する。「奥州スカイツリー」を活性化の起爆剤にしようと、関係者は張り切っている。」 →▼スカイツリーと同じ高さ/奥州の大鉢森山を新名所に〔2012/05/21〕|岩手日報 https://web.archive.org/web/20120525064811/http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20120521_6 なお、奥州市の大鉢森山について「おおばちもりやま」とルビを振る例がある。 →▼PDF:VIEW POINT発見ツアー in 水沢 大鉢森山トレッキング(山歩き)と滝探訪〔2011年10月20日〕|奥州市環境市民会議 奥州めぐみネット http://www.city.oshu.iwate.jp/htm/kankyou/pdf/2011.10.20katudo.pdf PDF配布元は、奥州めぐみネットの旧ホームページの活動報告ページ。 →▼奥州環境市民会議 奥州めぐみネット|活動報告|平成23年度の活動(バックナンバー) http://www.city.oshu.iwate.jp/htm/kankyou/siminkaigi_katudo23.html

*7:「大鉢森山という名前の山は、奥州市と一関市の境にもあり、すでに登っています」。同ブログに山行記録あり。 →▼大鉢森山 633.6m 2011年12月23日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201112/article_64.html

*8:「「住田第二牧場」(新しい地図には名前なし)」。岩手県肉牛生産公社住田第二牧場(住田町世田米子飼沢30)の跡地。 →▼(Facebook)住田第2牧場跡 https://www.facebook.com/pages/%E4%BD%8F%E7%94%B0%E7%AC%AC2%E7%89%A7%E5%A0%B4%E8%B7%A1/334901986602277 牧場跡地は2007年より「食品原料契約栽培システム構築研究会」(さいとう製菓株式会社、株式会社八木澤商店、株式会社佐々木組)の栽培実証事業「種山豆類プロジェクト」に利用されていた。 →▼住田第二牧場:岩手県住田町の牧羊業 - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2013/01/16/000000#dainibokujou

*9:「2005年4月の「かぬか平さん」の記録」。 →▼鷹ノ巣山、大鉢森山|山行記録 by かぬか平 http://www2s.biglobe.ne.jp/~kanuka/yama/taka/taka.htm

*10:日本山岳会岩手支部 編、佐藤敏彦 監修『かぬか平の山々 :秘境北上山地を歩く』現代旅行研究所(地域研究叢書)、1988年。 →▼Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4874820247 →▼かぬか平の山々 : 秘境北上山地を歩く (現代旅行研究所): 1988|書誌詳細|国立国会図書館サーチ http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001951556-00

*11:「防疫上の理由から立ち入り禁止」。家畜の防疫。たとえば2000年に九州南部・北海道、2010年に宮崎県南部を襲った口蹄疫の打撃を考えよ。 →▼「口蹄疫」についてのノート(その三):2000年の口蹄疫について - ilyaの日記 http://d.hatena.ne.jp/ilya/20100524/1274677034

*12:鷹ノ巣山 792.0m」。「やっちゃん日記・山行記録集」には鷹ノ巣山の標高が792.1mとある。 →▼鷹ノ巣山|やっちゃん日記・山行記録集 http://suuko.at.webry.info/200911/article_8.html

*13:「東磐井地方」。ひがしいわい-ちほう。旧東磐井郡周辺を指すか。住田町の南西部、現在の一関市、奥州市西磐井郡平泉町にまたがる。 →▼東磐井郡 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E7%A3%90%E4%BA%95%E9%83%A1 また、かつては「東磐井地方森林組合」が存在した(2014年1月、合併して一関地方森林組合)。 →▼組合概要|一関地方森林組合 http://higashimori7.jimdo.com/%E7%B5%84%E5%90%88%E6%A6%82%E8%A6%81/

*14:「この山〔鷹ノ巣山〕で東磐井地方の山をすべて制覇したことになる」。 →▼テーマ「東磐井の山」のブログ記事一覧|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/theme/afca16bfc2.html

*15:「御殿山と道を挟んで反対側に〔鷹ノ巣山〕」。鷹ノ巣山と御殿山の間を通る道は、大東町中川上ノ山から始まり両山の間を通過して大東町中川新城の向鞍山(あてぐら-やま)ふもとに出る。また、鷹ノ巣山南麓の萱農場で分岐し東の蛇山牧場へ向かう道その他に分かれる。

*16:「やっちゃん日記の写真にある放置された牧柵」。当該写真は次のブログ記事の末尾にある。 →▼鷹ノ巣山〔2009/11/21〕|やっちゃん日記・山行記録集 http://suuko.at.webry.info/200911/article_8.html

*17:たたら製鉄など東磐井の文化」。砂鉄川上流部にある一関市立内野小学校で、「総合学習『〜鉄の文化を知ろう〜 “たたら製鉄”』」がおこなわれている。 →▼砂鉄川たたら製鉄学習館 http://homepage3.nifty.com/tatara/

*18:「・標高 792.1m」。鷹ノ巣山の標高。「あかりんの岩手低山奇行」では標高を792.0mとする。 →▼鷹ノ巣山 792.0m 2012年4月15日|あかりんの岩手低山奇行 http://akarin-yama.at.webry.info/201204/article_35.html

*19:「県道10号」。岩手県道10号(江刺室根線)。一関市を南北に走る。 →▼岩手県道10号江刺室根線 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%89%8B%E7%9C%8C%E9%81%9310%E5%8F%B7%E6%B1%9F%E5%88%BA%E5%AE%A4%E6%A0%B9%E7%B7%9A

*20:「上ノ山から右の林道へ入って鷹ノ巣山へ」。御殿山と鷹ノ巣山の間を走るこの林道については前掲註参看。

*21:「境界杭」。 →▼「境界標」とはどういうものなの?/登記・測量の基礎知識|あなたの街の登記測量相談センター -AnaMachi- http://www.to-ki.jp/center/useful/kiso010.asp →▼境界標のいろいろ/境界標の種類、設置例 http://www.geocities.jp/woodychosashi/sub1-3.htm

*22:「かぬか平」。「北上山地の北部に安家森と遠別岳があります。石井光造著の「静かな山60」で知りました。盛岡からは北東の方向、葛巻町あたりです。〔※略〕/ 見所はカヌカが広がる高原です。カヌカとは初耳でした。地元でカヌカ平(てい)などともいわれ、北上高地独特のなだらかな野芝の高原を意味します。/ 赤ベコといわれる日本短角牛の放牧地です。しかし明治時代から続いてきた日本短角牛の放牧が十数年前に途絶えたことから、牛の採餌や踏みつけがなくなったためブナ、ダケカンバの幼木が伸び始め、草原はその姿を変え、「昔は野芝の上を素足で歩けたが、今は長靴なしではだめだった。子どものころから慣れ親しんだカヌカがなくなった」といわれています。」 →▼とっておきの東北(11) イーハトーブ カヌカ平の安家森と遠別岳|気まぐれ山旅リポート http://shohei.life.coocan.jp/i-kanukataira.htm 「最初に訪れたのは岩泉町安家地区、江戸時代から牛の放牧を行い、現在は全国のサポーターに支えられ短角牛の林間放牧を行っている安家森(カヌカ平)です。/ 今日では生産効率の良い牧草を植えた放牧地が主流ですが、この放牧地は天然の野芝で覆われ、13haの広さに8頭の短角牛が放たれています。短角牛を放つことによって、ササや灌木の浸食を防ぎ、美しい景観が保たれているのです。」 →▼栃木県那須町「日本畜産の原風景を求める視察団」来町〔2012年08月30日〕|今日の田舎 〜岩手・岩泉町の季節の中で〜 http://kyounoinak.exblog.jp/18906272/ →▼CiNii 論文 - 岩手県下閉伊郡岩泉町の6次産業化への取り組み(2) http://ci.nii.ac.jp/naid/40017191824

*23:栗駒山」。「栗駒山(くりこまやま)は、山体が宮城県秋田県岩手県の三県にまたがる山である。山頂部は宮城県岩手県の境界になっており、二百名山の一つでもある。/火山噴火予知連絡会によって火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山に選定されている。」 →▼栗駒山 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%97%E9%A7%92%E5%B1%B1

*24:「カヤトの原」。かやと。漢字では茅戸(萱所)を宛てる。「ススキやスゲなど一部のイネ科の植物を総称してカヤと呼び、山中でカヤが広範囲に茂る場所を「カヤト」と呼ぶ。」 →▼カヤトとは|山岳用語 Weblio辞書 http://www.weblio.jp/content/%E3%82%AB%E3%83%A4%E3%83%88 「■かや‐と【×茅戸/×萱▽所】 茅で覆われている尾根や山腹。山村や登山者の間でいう。」 →▼茅戸/萱所(カヤト)とは|コトバンク https://kotobank.jp/word/%E8%8C%85%E6%88%B8-467039

*25:「蛇山(へびやま)」。山名読み。雑誌「山と溪谷」2013年1月号の記事「今年登らないと意味がない! 2013年の山&“蛇”の山」に、「蛇山(へびやま)(750.9m)岩手県住田町」とあるという。 →▼海抜0mから登る「蛇焼山」(平戸市田平町) ……今年の干支の山に登る……〔2013年01月13日〕|一日の王 http://blog.goo.ne.jp/taku6100/e/714b142feaeb40d4fb0ec96304cd04f3 同号の詳細な目次は次のブログにある。 →▼山と溪谷 2013年1月号〔2013年01月19日〕|文太のブログ日記 http://blog.livedoor.jp/buntak2/archives/52300222.html また、次の掲示板投稿にも「へびやま」と読みを添える。 「【運用地】蛇山(へびやま)<三角点;750.9m>」 →▼峠の移動運用専用掲示板〔2010/07/10〕 http://ham7.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=12767306

*26:「蛇山牧場」。蛇山の南東、内野峠の西に広がる。 →▼Googleマップ(航空写真):蛇山牧場 https://goo.gl/maps/hEQYrs9EEaM2

*27:「内野峠」。 →▼峠データベース・詳細表示:内野峠(岩手県東磐井郡大東町大原/気仙郡住田町世田米/陸前高田市矢作町) http://pdb.the-orj.org/view.php?no=2779

*28:「基幹林道 川井住田線位置図(3)「木地山・中川区間」延長10.6km」。蛇山を中心に置いた地図。蛇山牧場から一関市大東町中川へ向かう林道が見える。PDF配布元は岩手県ホームページ。 →▼岩手県|(お役立ち)基幹林道 川井住田線のお問い合わせ先について http://www.pref.iwate.jp/ringyou/hozen/rindou/015270.html

*29:「大股地区公民館がある。裏の方には学校が見える。(たぶん廃校)」。旧住田町立大股小学校。廃校。旧正面玄関棟、講堂部分は現在、大股地区公民館として利用。裏手にも学校の旧校舎、旧体育館がある。住所は、岩手県気仙郡住田町世田米字下大股66-1。次のWebページに写真がある。 「〔大股小学校、大股中学校は〕小中併設校でしたが、1984年に中学校、2002年に小学校が閉校になりました。洒落た作りの建物なので、閉校後に立て替えたのかと思いましたが、どうやら校舎として使われたもののようです。」 →▼岩手の廃校|大股中学校 大股小学校 http://haikou.okunohosomichi.net/school/omata.html 東日本大震災後には、ボランティアの無料宿泊施設「災害ボランティアセンター住田町基地」として大股地区公民館が提供された。 →▼ボランティアセンター【住田町基地】、2012年9月30日にて閉所。 - Togetterまとめ http://togetter.com/li/361342

*30:「木地山集落」。住田町の地名。「大規模林道 川井・住田線 木地山・中川区間」に名が見える。吉田家文書「世田米村絵図」(文政5年前後。金野静一『絵図に見る藩政時代の気仙』収載)では、現在の篠倉沢と天望沢(絵図では「万治ヶ沢」)の合流地点内側に「木地山」の記載が見える。また、次のWebページ引用史料に「気仙木地山」と見える土地が、この世田米の木地山を指すか、不詳。「また寛政年間に著された「封内土産考」〔ほうないどさんこう。里見藤右衛門 著〕の「挽物」の項には、「木地挽ハ気仙木地山・刈田熊沢・一ノ迫鬼首等ヨリ出サル」とあります。」 →▼七ヶ宿街道 その1|高倉淳の宮城郷土史 http://takakura.fd531.com/sitigasyukukaidou..html 同文は次のPDFにも引用がある。 ▼PDF:鳴子こけしの誕生:第七回 三土新明会(平成26年10月25日) http://homepage3.nifty.com/bokujinshi/sanndoshinmei/narugo.pdf その他Web上での言及; 「岩手県の内陸部、住田町。大船渡市へと至る国道397号沿いに津付(つづき)という小さな集落があった。/ 近くに木地山と呼ばれる山林があるように、集落の人々はろくろなどの道具で、おわんや盆などの木工品を作る職人「木地師」の末裔(まつえい)。」 →▼消えたまちの記憶(1) ダム中止でも戻れない/せめて語らいの場所を〔2014/5/12〕|日本経済新聞 http://www.nikkei.com/article/DGKDZO71055470S4A510C1CR0000/ 「木材を粗挽きしたあと、轆轤(ろくろ)などを使ってお盆や、お椀、杓子等を作る職人を「木地屋」とか「木地師」という。木工製品に漆を施して漆器にする、漆職人も木地師の仲間だ。〔略〕 岩手県住田町木地山や琵琶湖西岸の高島市朽木の木地山、愛媛県今治市上木地は、まさに木地屋の里そのものだ。」 →▼「木地屋」地名と小椋さん〔2008-10-02〕|目からウロコの地名由来 http://baba72885.exblog.jp/9843200/

*31:ブログ「タラ福カタル」は「はんかんやま/判官山」と清音で読んでいる。典拠不詳。 →▼岩手県住田町の地名 その2|タラ福カタル http://plaza.rakuten.co.jp/tarafukukataru/diary/201105190001/

*32:「〔判官山の〕南側にも741.4mの三角点(四等、離森)」。 →▼地理院地図|三角点「離森」(住田町) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.121587/141.479702/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

*33:「日本山名事典」。おそらく『三省堂日本山名事典』(2004年初版、2011年改訂版)を指す。編集委員は徳久球雄、石井光造、武内 正。 →▼三省堂日本山名事典 改訂版 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/encyc/san_mount_ja_new/index.html 本事典の基礎になったのは『コンサイス日本山名辞典』(徳久球雄、三省堂編修所・編。三省堂, 1978年)。

*34:「広沢」。判官山の南西に発する沢。北西に向かい、篠倉沢に合流して北上する。

*35:「藪山集団」。藪山登山家集団(TRIANGLE・POINTS in MORIOKA CITY)。「夕日山」記事の註を参照。 →▼住田町の「山」(その2) - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2016/09/13/010000#yuuhiyama
 

*36:「生出山(おいでやま)」。山名読みについて。生出山の陸前高田市側に矢作町生出地区(おいで-ちく)があり、生出川(おいで-がわ)が流れる。 →▼ホーム - 陸前高田・生出地区コミュニティ http://oide-community.jimdo.com/

*37:岩手県道246号」。始点:世田米大股、終点:陸前高田市矢作町袖野。 →▼岩手県道246号世田米矢作線 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%89%8B%E7%9C%8C%E9%81%93246%E5%8F%B7%E4%B8%96%E7%94%B0%E7%B1%B3%E7%9F%A2%E4%BD%9C%E7%B7%9A 次のWebページに紹介がある。後出の「毒水」の看板写真も掲載。「今度は生出川沿いの狭い道になる。木戸口とかそんな地名を目にする。清流なのに毒水 (ぶすみず)をいう地名もあった。」 →▼世田米矢作線|県道生活@いわて http://f48.aaacafe.ne.jp/~iwalife/246setamai-yahagi/seta-yaha.htm 走行動画がある。 →▼【岩手県道】246号世田米矢作線 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=-DkvwLLCWmk

*38:「折壁峠」。岩手県道246号(世田米矢作線)にある峠。住田町世田米大股から陸前高田市矢作町袖野をつなぐ県道。冬期は通行止。住田町側に折壁地区がある。 →▼世田米矢作線(その1 住田町世田米大股〜陸前高田市矢作町的場)|県道生活@いわて http://f48.aaacafe.ne.jp/~iwalife/246setamai-yahagi/seta-yaha.htm

*39:「生出川」。生出川の滝をブログ「南三陸滝見隊」が紹介している。 →▼生出川 上流部の滝〔2014/09/06〕|南三陸滝見隊 http://takimitai.blog.fc2.com/blog-entry-669.html

*40:「生出川沿いに「あかがねやま」の看板」。同ページ掲載の看板写真に、「清流生出川/あかがねやま(銅山)/生出地区コミュニティ推進協議会」とある。

*41:「生出峠」。不詳。あるいは折壁峠の別名か。

*42:「〔写真の〕真ん中を〔北に〕走る沢筋(折壁川,だったかな?)」。折壁川、不詳。地理院地図には名称記載がない。判官山と叶倉山のふもとを北流して大股川に注ぐ沢筋。ブログ「南三陸滝見隊」には「折壁沢」〔おりかべ-さわ〕とある。 「長岩沢は、時間不足で偵察がてらにちょこっと入った沢です。/ 岩手県住田町大股地区と陸前高田市矢作町生出地区を結ぶ県道246号線〔世田米矢作線〕。狭い峠道で、大型車は通行不可。冬季は通行止めになります。その県道に沿うように流れているのが折壁沢。長岩沢は一助沢と合流して折壁沢に流れ込む枝沢になります。」 →▼長岩沢の滝〔2015/04/20〕|南三陸滝見隊 http://takimitai.blog.fc2.com/blog-entry-731.html

*43:「永広昌之さんの研究」。 →▼CiNii 論文 - 日詰-気仙沼断層 : とくにその性格と構造発達史的意義について〔永広昌之, 1977〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/110004645386

*44:「叶倉山(かのくらやま)」。山名読み、確証なし。ブログ「タラ福カタル」に「かのくらやま/叶倉山」とある。 →▼岩手県住田町の地名 その2〔2011年05月19日〕|タラ福カタル http://plaza.rakuten.co.jp/tarafukukataru/diary/201105190001/

*45:主要地方道246号線(狭い)」。岩手県道246号(世田米矢作線)を指す。折壁峠を越える。 →▼岩手県道246号世田米矢作線 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%89%8B%E7%9C%8C%E9%81%93246%E5%8F%B7%E4%B8%96%E7%94%B0%E7%B1%B3%E7%9F%A2%E4%BD%9C%E7%B7%9A

*46:「大平山(おおだいらやま)」。山名読みはWikipediaに従う。「・大平山(おおだいらやま) - 岩手県気仙郡住田町にある山」。 →▼大平山 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E5%B1%B1

*47:「石祐山(いしすけやま)」。読みについて。住田町世田米に「石祐神社(いしすけ-じんじゃ)」がある。 →▼史跡・名勝マップ:石祐神社|住田町 http://www.town.sumita.iwate.jp/kanko/siseki_map.html 住田町の旧ホームページには次の記述があった; 「■21. 石祐神社(いしすけじんじゃ)/ 伊達藩時代の世田米村の村社。延暦年間、蝦夷の東征に来た坂上田村麻呂は「神の助けで蝦夷を討つことができた」と山上に明神を勧進し、弓矢を奉納したと伝わる。お社の中には珍しい鉄製のわらじが奉納されている。」 →▼史跡・名勝2 - 観光 : 住田町 https://web.archive.org/web/20141013184217/http://www.town.sumita.iwate.jp/kanko/shiseki/siseki02.html 盛街道をたどる次のWebページも参照; 「〔住田町世田米〕小股から国道397号は、大股川に沿っていますが旧道〔盛街道〕は大股川を渡って山林の中に入り、1㎞にわたって旧観をとどめています。国道との交差点には「歴史の道盛街道」の標柱が立ち、「石祐(イシスケ)神社」の説明板に「元和四年(1618)、伊達政宗が気仙領検視のため柏里を通った時」とあります。政宗は元和4年に領内奥筋へ4月18日から5月22日まで巡見をしていますので、この時のことでしょう。/再び大股川を渡って国道に出ます。間もなく柏里一里塚に出合い、ここからは大股川の南の山裾を東進すると川口です。大股川はここで上有住から南流してくる坂本川と合流して気仙川となります。」 →▼盛街道|高倉淳の宮城郷土史 http://takakura.fd531.com/sakarikaidou.htm また、明治以前は石祐神社(柏里石祐神社)が、世田米村総鎮守(村社)であったと伝える。次のページ参看; 「伊達藩時代は柏里石祐神社をもって世田米村の総鎮守としていたが、明治八年(1875)三月十六日、当社〔天照御祖神社〕は世田米村の村社となった。」 →▼天照御祖神社|神社庁 http://www.jinjacho.jp/ganshinsei/sumitachou/ 石祐神社について、次のブログ記事コメント欄にも言及がある。 →▼もさばSUMITA好いネット管理人の日記|五葉山火縄銃鉄砲隊鎧登山!!〔2011年09月23日〕 http://sumitayoi.seesaa.net/article/227231659.html

*48:「石祐山(地理院地図 510m(三角点なし))」。案内板写真の標高510mとの情報に従い、三角点なしの510mピークを石祐山と推定する。なお、そのすぐ南東には539.7mの三角点がある(この三角点の名称は「柏里(かしわり)」である可能性が高い)。 →▼地理院地図|三角点539.7m(住田町下柏里) http://maps.gsi.go.jp/#15/39.148351/141.521287/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0

*49:「道路わきの案内板〔下柏里地区〕に石祐山(いしすけやま)510mと書いてある」。同ブログに案内板写真あり。「ふるさと案内図/平成15年8月/大股地区振興協議会」とある。下柏里地区、国道107号の南側に設置。Googleストリートビューで確認できる。 →▼〔画像:〕石祐山 510m 2012年9月17日|あかりんの岩手低山奇行 http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/005/231/89/N000/000/007/134788082047813209061_IMG_6816.jpg →▼Googleマップストリートビュー|ふるさと案内図(住田町下柏里) https://goo.gl/maps/iGq71KjRoxx

*50:「荒脛(あらばき)神社」。荒脛神社(世田米川口地区)の写真が次のブログ記事にある。川口「樺山」関連で後掲する。 →▼第2回川口まちづくり探検隊〜その2〔2006年09月07日〕|もさばSUMITA好いネット管理人の日記 http://sumitayoi.seesaa.net/article/23397738.html

*51:「川口樺山三十三観音入口」。樺山沢が大股川に合流する地点にある。川口「樺山」セクション参照。

*52:「樺山(かばやま)」。山名読みは、Webサイト「祈りの道 気仙三十三観音再興プロジェクト」で公開されている書籍『気仙三十三観音 :郷土けせんを記録にとどめる写真集 Part 1』山田原三:案内者、こんの・のりお:撮影・解説文(共和印刷企画センター、2004年)による。 →▼各霊場紹介(『気仙三十三観音 郷土けせんを記録にとどめる写真集』による)|祈りの道 気仙三十三観音再興プロジェクト http://kesenkannon.jimdo.com/%E5%90%84%E9%9C%8A%E5%A0%B4%E7%B4%B9%E4%BB%8B/

*53:「住田高校の北西に位置する山(三角点あり373.5m)」。この山には熊野神社(また塩竃神社)があると考えられる。次のブログ記事に詳しい。「アラハバキ神社〔荒脛神社〕を後にした探検隊の次の行き先は「県立住田高校」の側にある「熊野神社」」 →▼第2回川口まちづくり探検隊~その3〔2006年09月08日〕|もさばSUMITA好いネット管理人の日記 http://sumitayoi.seesaa.net/article/23397842.html

*54:「〔樺山と〕同名の別の樺山(808.3m)が、住田町の北西域、荷沢峠のすぐ東にもある」。北方の樺山は、加労山の北、貞任山の南西に位置する。遠野市との境界。 →▼住田町の「山」(その2) - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2016/09/13/010000

*55:岩手県立住田高等学校の校歌」。住田高校の校歌の一部が次のWebページに引用されている。 「■〔岩手県気仙郡〔住田町〕/ ・住田高等学校/ I ♪xxx岩根険しく そそり立つ 樺山の森 庭としてxxx…♪/ 樺山/ ・大股小学校(閉校?)/ I ♪なべくら山の いや高く 朝な夕なに 仰ぎつゝxxx…♪/ II ♪萌ゆる緑の 種山に 群れて遊べる 若駒のxxx…♪/ 鍋倉山!? 種山/ ・五葉小学校(閉校?)/ I ♪五葉の山を 仰ぎ見て 大空翔る 雲を呼ぶxxx…♪/ 五葉山?」 →▼校歌・故郷の山 岩手・宮城|校歌・ 故郷の山|丹波霧の里 http://kirinosato.fc2web.com/kouka-iwate.htm

*56:「「樺山三十三観音」と言う看板が立っている」。大股川に樺山沢が合流する地点、大股川の南岸、樺山沢の北岸に「川口樺山三十三観音入口」の案内標柱がある。Google ストリートビューで確認できる。→▼Googleマップストリートビュー|川口樺山三十三観音標柱(住田町) https://goo.gl/maps/URdmFFmE5Po

*57:「『東日流外三郡誌』」。つがるそとさんぐんし。偽書とされる。 →▼東日流外三郡誌 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%B5%81%E5%A4%96%E4%B8%89%E9%83%A1%E8%AA%8C

*58:「犬頭山(いぬがしらやま)」。山名読み、川村信人氏(北海道大学)のWebページに、「前期石炭紀の大型珊瑚化石の産出で有名な犬頭(いぬがしら)山」とある。 →▼世田米から陸前高田〔2011/03/18〕|追憶の南部北上|mkawa の地質ブログ(川村信人) http://www.sci.hokudai.ac.jp/grp/mkawa/mkawa_web/kawamura/geol_blog/kitakami/890089a9963a85048991bd7df2bd91d479b5ba1a.html また、住田町立世田米小学校は校報を「犬頭山」と名付け、校報のPDFファイル名に 「inugasirayama(いぬがしらやま)」を用いる。世田米小Webサイト参照。 →▼世田米小学校|校報 http://www.town.sumita.iwate.jp/kyoiku/gakkou/sesyou/kouhou/kouhou.html

*59:「犬頭山」、同名の山(853m)が隣接する釜石市にもある。

*60:釜石市にも同字の別の犬頭山(853m)がある」。釜石市の犬頭山は、六角牛山(遠野市)の東方、仙人峠の高清水山(たかすずやま)の北東に位置する。 →▼犬頭山の地図:マピオン http://www.mapion.co.jp/m2/39.31771605,141.80449399,16/poi=L0572845

*61:「犬頭山は何と読むのかわかりません」。おそらく「いぬがしらやま」。前掲註参照。

*62:「昭和60年ころのオーナー林制度」。「緑のオーナー制度(分収育林制度)」を指す。林野庁Webサイトに次の解説がある; 「分収育林(緑のオーナー)制度は、国民の皆様のご参加により国有林の森林整備を促進すること等を目的として、昭和59年度〔1984年度〕に発足いたしました。制度発足以来、延べ8万6千人のオーナーの皆様にご参加いただき、面積2万5千ha、契約口数延べ10万口となっております。」 →▼林野庁|分収育林制度及び分収(主伐)時の具体的な手続き等について http://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kokumin_mori/katuyo/owner/tetuzuki.html 1998年度(平成10年度)をもって休止。 →▼林野庁|分収育林の一般公募の休止について http://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kokumin_mori/katuyo/owner/kyusi.html

*63:「〔東日本大震災で〕住田町内は,Twitter とかの各種情報によると,特に大きな斜面災害も起きておらず,無事なようです」。 →▼岩手県気仙郡住田町の状況まとめ(3.11東日本大震災) - Togetterまとめ http://togetter.com/li/116513

*64:「林道(高貝線)」。不詳。

*65:「東峰山(あつまねやま/あずまねやま)」。山名読みについて。地理院地図には「東峰(あつまね)山」とルビがある。Wikipediaは「あずまねさん」と読む。 「東峰山 (岩手県) - 岩手県気仙郡住田町にある標高620mの山。あずまねさん。」 →▼東峰 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%B3%B0 世田米の東峰集落は「あずまね」と読むという。「そして町内から繰り出される風流もの・・・上組、下組、中沢、東峰(あずまね)があるようだ」 →▼2010 住田町天照御祖神社式年大祭〔2010-05-04〕|「遠野」なんだり・かんだり http://blog.goo.ne.jp/fuefukidouji_2006/e/6a198bd4b7d9f481ca390be4b4ca4ba1 「東峰屋台。“あずまね”と読むそうです。」 →▼世田米 天照御祖神社式年大祭〔2010/5/8〕 ( 岩手県 )|Knブログ http://blogs.yahoo.co.jp/crazyfloater/25104766.html また、「住田町上有住字東峰」という住所が存在する。 →▼住所コード検索|岩手県気仙郡住田町上有住 http://www.kodokensaku.mlit.go.jp/motas/index.php?action=addr&module=codesearch&page=1&kencode=03&guncode=03807&soncode=01&mcode=0037

*66:「地図には「あつまね」とルビがついています」。国土地理院地図にルビがある。次のPDFに国土地理院地図の転載があり、「東峰山」に「あつまね」の読みルビが見える。 →▼PDF:(130)岩手県住田町奥新切(おくにぎり)の松森鉱山|鉱山探査記|金野茂男研究室〔小山工業高等専門学校http://kinno-homepage.sakura.ne.jp/mineral/matumori.pdf#6

*67:「大畑峠」。住田町の世田米と上有住をつなぐ峠。ブログ「もさばSUMITA好いネット管理人の日記」に写真入りの紹介がある。「道の日ってなんじゃらほい?そう思いつつもメンバーのHさんに誘われたのでこの日に開催された道の日イベント「気仙歴史の道を歩いてみよう」に参加してきました。/どうやらこのイベント、今回で13回目を迎えるそうで今年〔2006年〕は、住田町世田米から上有住を通る高田遠野街道の「大畑峠」にスポットライトをあてたようです。/〔※略〕/聞いた話だと、昔は町民運動会があったときにはこの道を通って有住のほうから世田米の町まで歩いて遊びに来ていたそうで…昔といっても昭和30年〔1955年〕ぐらいの話なのでそれほど昔ではないようですが、それでも歴史を感じてしまいました。/峠の途中でこのような石碑?がありましたが、なんと書かれているのかいまいち読めませんでした。/石碑を眺めているとナカヤのおばあちゃん(85歳)が「私が有住の学校に勤めていた頃は毎朝この道を通って学校に教えに行ったものだよ。」/っと教えてくれました。何歳くらいのお話ですか?とお聞きしたら20代の頃だそうです。/よくこんな山道を一人で歩いたモノデスね。熊とか怖くなかったのかな?/この石碑のある場所を過ぎたらいったん道らしきものが消えてしまいましたが、前をいく人のあとをついていったらまた道が出現しました。この後は沢を越えたり細い道を通ったりぬかるんだ坂道だったりで結構大変でしたが、それなりにわたくしの冒険心をくすぐる結果となり大変面白かったです。/〔※略〕」 →▼8月10日は道の日〔2006年08月10日〕|もさばSUMITA好いネット管理人の日記 http://sumitayoi.seesaa.net/article/22500415.html 高田遠野街道については、次のWebページ参看; 「5.高田遠野街道/ 「奥州道中」の日詰駅から分岐する脇街道が、大迫・宮守駅を経由して遠野郷(横田駅)に入る。ここから赤羽板峠を越えて、上有住駅に達したあと下有住・世田米・横田を経て高田駅に至る街道を遠野街道と呼ぶ。別に高田街道ともいう。この街道は、南部領遠野との交易交通上重要な道路であった。また、江戸時代は、世田米から今泉宿〔陸前高田市〕までは幕府巡検使の道筋でもあった。この道は二つのコースがあり、高田から世田米までは同じであるが、世田米駅の小口洞から大平ー朴峠を越え上有住和田野に出る。さらに赤羽根峠を経て遠野に至るコース。もう一つの道は、世田米本町から柿内沢を通って大畑峠を越え、下有住十文字に出て上有住に至るコースである。嘉永5年〔1852年〕の御出馬の際は、この道を通っている。なお、この道をまっすぐ進めば奥新切の蕨峠に至り、遠野の「来内」に出る最短のコースである。」 →▼ケセン歴史の道(街道)|黄金の国・ケセン http://www.nnet.ne.jp/~tatuyosi/kesen/ziten/rekisinomiti1.html#anchor884160

*68:「どびや」。住田町ホームページに次の記述がある; 「■新切部落ドビヤ(にいぎりぶらくどびや)/ 「ドビヤ」とは、岩山の上の洞窟に祀った「御宮」を表す「洞宮〔どうみや〕」が訛ったものといわれます。その御宮の荒廃が進むなか、ある日やって来た山伏の勧めに従って神様を一ヶ所に集め、年1回お祭りを行うようになりました。」 →▼史跡・名勝|住田町 http://www.town.sumita.iwate.jp/kanko/siseki.html

*69:「点の記」。「点の記(てんのき)とは、基準点(三角点・水準点・基準多角点など)の設置・測量の記録のこと」。 →▼点の記 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%82%B9%E3%81%AE%E8%A8%98 国土地理院Webサイトに、次の紹介がある。「「点の記」とはどんなものでしょうか。 / 三角点の戸籍又は、案内図といったものです。見知らぬ場所の三角点で測量をする際に、測量者は必ず入手して利用します。内容は、点名、所在地、土地の所有者、測量年月日、三角点までの道順、交通、案内図などで構成されています。/ 旧「点の記」には、付図はついていませんが、道順や水や食料の確保、人夫の雇用状況など測量に役立つ、たくさんの情報が書かれています。ここに書かれたことが現在の測量に役立つことはほとんどありませんが、測量だけでなく当時の様子を知る貴重な資料となっています。新田次郎の「剱岳 点の記」は、これをタイトルにしたものであることは有名です。」 →▼測量の結果(点の記)|国土地理院 http://www.gsi.go.jp/MUSEUM/TOKUBE/KIKA5-sanka8.htm なお、「点の記」は、Web上で閲覧できる(要ユーザー登録)。 →▼基準点成果等閲覧サービス|国土地理院 http://sokuseikagis1.gsi.go.jp/

*70:「湊 正雄 (1941) 岩手県気仙郡世田米地方の下部石炭系について.」。 →▼私のバイブル〔2009/06/23〕|追憶の南部北上|mkawa の地質ブログ(川村信人) http://www.sci.hokudai.ac.jp/grp/mkawa/mkawa_web/kawamura/geol_blog/kitakami/1b6d8cb7c0a148286896b5c4879dd0269b12a65a.html