2019年3月上旬:住田町に関する記事

▽2019年(平成31年)3月上旬の岩手県気仙郡住田町(すみたちょう)に関する記事クリップ。日付の降順。
▽「〔 〕」部分は補記。人名や電話番号などの一部に、念のためマスクを施した。機種依存文字(環境依存文字)はできるかぎり置き換えた。

▼2019年3月中旬:住田町に関する記事 - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2019/03/11/000000
▼2018年2月下旬:住田町に関する記事 - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2019/02/21/000000

 

2019年3月10日(日)

 

2019年3月9日(土)

 

2019年3月8日(金)

 

▼春だから〔2019.03.08〕 | すっきりと笑顔 FEEL FINE & SMILE ~片づけられない方へ~ https://feelfine.amebaownd.com/posts/5851386
▽「最近、暖かかったのですが昨日くらいからまた少し肌寒い感じがしております。この時期は気温差に体がついていけないなんてこともあり得ますので 体調管理にはお気をつけくださいね。/ 〔※略〕/ 本日〔3月8日〕は、お片づけのお話で住田町さんへお邪魔する予定です。そのお話がきっかけで「片づけをしてみよう」と思える方が一人でもいらっしゃるよう、祈りながら・・・(笑) ひとつの「きっかけ」となれるように、出来たらいいなあと思っております。/ みなさんも、ぜひ「きっかけ」を見つけて お片づけはじめてみてくださいね♪ 岩手の整理収納アドバイザー瀬川忍でした」

▽参考:
▼講座のお知らせ「お部屋の片づけ・整理編」〔2019.03.01〕 | すっきりと笑顔 FEEL FINE & SMILE ~片づけられない方へ~ https://feelfine.amebaownd.com/posts/5809419

 

東京大学 | UTokyoさんのツイート: "一般社団法人SUMICAの植田敦代副代表理事(右)は、岩手県住田町の町屋〔まち家世田米駅〕を活気ある地域のカフェに改装するプロジェクトに貢献。「彼女は地域のイノベーションや居場所作りのための仲介役として、町に残り復興を目指す若者たちに必要な空間を生み出しました」と #東大 のスティール若希〔Jackie F. Steele〕先生は話します。… https://t.co/XcAARL7szD" https://twitter.com/UTokyo_News/status/1103852971987734528

 

2019年3月7日(木)

 

2019年3月6日(水)

 

2019年3月5日(火)

 

2019年3月4日(月)

 

▼はなさんはInstagramを利用しています:「お部屋の片づけ・整理編/ 住田町様よりお声掛け頂きまして、講座を担当させていただきます。 片付けのお話を、なるべく簡単に楽しくお話出来たらと思っております。 お近くの方、是非お越しくださいませ^_^」 https://www.instagram.com/p/Buka_MCl9dz/

 

2019年3月3日(日)

 

2019年3月2日(土)

 

▼古里への思い胸に門出 震災8年、沿岸2高校で卒業式〔2019.03.02〕 | 岩手日報 IWATE NIPPO https://www.iwate-np.co.jp/article/2019/3/2/48241
▽「〔岩手〕県内の高校は〔3月〕1日、卒業式のピークを迎えた。東日本大震災から間もなく8年。当時、沿岸部の小学4年生だった若者たちも仲間との絆や全国からの支援を糧に立派に成長した。古里への思いを胸に、新たな道へと進む。/ ■支援への感謝、歌に/大船渡東/ 〔略〕」
▽「■幼なじみ、野球の絆/住田/ 住田町世田米の住田高〔県立住田高等学校〕(鈴木広樹校長、生徒87人)は、3年生32人が巣立った。陸前高田市気仙町出身の大谷一真さん、及川珠希夜(じゅきや)さん、黄川田葉(よう)さんの3人は保育所からの幼なじみで野球部に所属。卒業式後、後輩から県大会の写真パネルや色紙を受け取り、「卒業したぞー」とマネジャー含め部員12人最後の声掛けで笑顔を見せた。/ 震災で同市は甚大な被害を受け、3人も自宅が被災。友と会える学校生活が心の支えだった。現在はそれぞれ別地域で暮らし、大谷さんは仮設住宅での生活が続いている。/ 卒業後、大谷さんは救急救命士を目指して一関市の専門学校、黄川田さんは仙台市のペット専門学校に進学。及川さんは大船渡市の飲食店に就職し、料理人として修業する。」「〔写真:〕卒業式を終え、笑顔で思い出を振り返る(左から)大谷一真さん、黄川田葉さん、及川珠希夜さん=1日、住田町世田米・住田高」

 

▼Web東海新報|清流に活気 春の風物詩、待望の渓流釣り解禁/気仙川などで(別写真あり)〔2019年3月2日〕 https://tohkaishimpo.com/2019/03/02/240982/
▽「〔岩手〕県内の主要河川で〔3月〕1日、春の訪れを告げるヤマメやイワナなどの渓流釣りが解禁された。気仙川や盛川でも太公望が釣り糸を垂れ、心待ちにしていたシーズン到来の喜びを竿に込めた。気温が上昇する今月下旬〔3月下旬〕以降の活気が期待される。/  この日の気仙地方は、穏やかな好天に恵まれた。大船渡の最低気温は氷点下0・9度(平年比1・0度高め)で、最高気温は11・1度(同4・8度)まで上昇。4月上旬並みの暖かさとなった。/ 気仙川のうち、住田町 上有住神渡橋上流部では、盛岡市から訪れた大櫻睦さん(45)らが釣り糸を垂らした。「今年は、水量が少ないかな。気仙川は県内河川の中でも自然に近い状態の場所が多く、魚も状態がいい。環境の良さを実感できる」と話していた。/ さらに下流部の下有住〔住田町〕では、川沿いに県外ナンバーの車両も。/ 陸前高田市を流れる気仙川支流の生出川では、市内在住の釣り人から「水が冷たいから、まだこれからかな。でも3月1日は『おまつり』だから、お気に入りの場所で竿を伸ばすようにしている」といった声が聞かれた。/ 川を囲む山肌や岸には雪がほとんど見られず、時間帯によっては春を実感できる暖かさも出てきた。例年は、さらに気温が上昇する3月下旬の彼岸明け以降、釣り人の姿が増えるという。/ 気仙川漁協では「例年通りの人出で、十数匹を釣り上げた人もいたようだが、全体的には厳しい釣果だったようだ。水量増につながる雨が1、2回あれば期待できる。〔住田〕町外からの愛好者は近年、週末や祝日に合わせて訪れる傾向がある」としている。/ 流域では資源確保を図り、川魚の宝庫とされる環境保持が進められてきた。同漁協は昨年〔2018年〕、ヤマメ730キロ、イワナ130キロ分の稚魚を放流した。/ さらに、同6月には6センチ前後に育ったサクラマス約1万8000匹を放す試験が行われた。今年はヤマメ600キロ以上、イワナ100キロ以上の放流を計画している。」「▲ 渓流釣りが解禁され、気仙川で久しぶりに竿の感触を楽しむ太公望」「平成31年3月2日付 1面」

▽参考:
▼気仙川漁業協同組合オフィシャルサイト http://www.kesengawa-gyokyo.com/

 

2019年3月1日(金)

 

▼講座のお知らせ「お部屋の片づけ・整理編」〔2019.03.01〕 | すっきりと笑顔 FEEL FINE & SMILE ~片づけられない方へ~ https://feelfine.amebaownd.com/posts/5809419
▽「3月です。だいぶ温かい日が続いておりますが、朝晩はまだ冷えますね。このまま春がくるのでしょうか。あっと言う間に2月が過ぎましたが、3月はもっと早く感じそうなそんな予感です。/ さて、本日はお知らせがございます。この度、住田町教育委員会様よりご依頼をいただきまして、「お部屋の片づけ・整理編」と題しました講座を担当させていただく運びとなりました。/ 私なんぞが恐れ多いとも思ったのですが、せっかくお声がけいただきましたので喜んでお引き受けさせていただくことにいたしました。/ ・日時 平成31年〔2019年〕3月8日(金) 19時~20時30分/ ・会場 まち家世田米駅 交流スペース(和室)/ ・参加費 無料/ ・申込締切 3月4日(月)16時まで/ ・申し込み先 住田町教育委員会様 電話 0192-46-3863 ※他上記画像ご参照下さい。/ ご興味があり、お時間の許す方、是非ご参加下さいませ。/ まだ、インフルエンザなどの感染症なども流行しているようです。季節の変わり目でもありますのでお身体ご自愛くださいませ。岩手の整理収納アドバイザー瀬川忍でした( *´艸`)」

 

 

▽▽関連記事:2019年3月上旬

▼青空へ追悼の連だこ=「もう一度会いたい」-岩手県陸前高田市東日本大震災8年〔2019年03月10日〕:時事ドットコム https://www.jiji.com/jc/article?k=2019031000414
▽「東日本大震災で多くの犠牲者が出た岩手県陸前高田市で〔3月〕10日、同市と大船渡市、住田町の犠牲者数と同じ2026枚の連だこを揚げる追悼行事が行われた。白いたこが青空に舞い上がると、参加した遺族らが亡き人へ思いをはせた。/ 地元の有志でつくる「気仙天旗仙風会」が主催し、今年で7回目。約70人が防潮堤付近に集合し、地震発生時刻の午後2時46分に黙とうした後、たこを空に放った。「もう一度会いたい」「決して風化させません」などと手書きしたたこもあった。(2019/03/10-17:56)」

 

▼原爆と重なる荒野 「まちが消える恐怖」 広島で被爆、語る大船渡の92歳〔2019年3月9日〕 - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20190309/k00/00m/040/087000c
▽「「津波を見て、広島の光景と重なったんだ」。岩手県大船渡市大船渡町行政書士、千葉匡一(きょういち)さん(92)は、自宅で静かに振り返った。19歳の時、広島に投下された原爆で被爆。長年秘めてきた記憶が東日本大震災でよみがえった。これまで隠してきた被爆体験を知人やひ孫に2年前から語り始めた。「まちが消える悲劇を伝えなくては」。卒寿を過ぎてそんな思いを強めている。【神内亜実】」
▽「自宅の外を指さしながら、千葉さんは震災当時に押し寄せた津波の光景を説明すると、高校2年のひ孫、駆(かける)さん(17)が神妙な面持ちで聞いた。千葉さんは「広島で見た焼け野原を思い出したよ」と話した。/ 岩手県住田町出身。19歳で徴兵されて宮城県石巻市の陸軍部隊に。原爆が投下された1945年8月6日夜に広島市に入り、約1週間、電話回線を復旧しながらけが人を救護した。皮膚が垂れ下がった人がさまよい、土手には死体があふれた。心を無にしてけが人を野戦病院に運んだ。/ 復員後、住田町に戻り、郵便局に勤めた。「広島にいた人と結婚してはいけない」。そんなうわさが出回り、広島で被爆したことを隠し続けた。転勤で大船渡市内の郵便局長などを務め、退職後は行政書士の事務所を開いた。体調を何度も崩し被爆者手帳を申請、同僚の証言もあり2002年に認められた。/ 震災の日は娘(71)と孫家族の7人で自宅にいた。揺れを感じて玄関を飛び出すと、町の向こうから煙を上げて津波が押し寄せ、川を逆流した波と家の前でぶつかった。/ 千葉さんが逃げた高台から見たのは、一瞬でがれきの山と化していくまちだった。「大切なものがバラバラになって波の上を漂うのを見るのはつらかった」。家族は無事で、自宅は一部損壊で済んだが、震災は広島の光景を思い出させた。/ 夜明けとともに見た広島はどこまでも続く「黒い荒野」だった。焼け焦げ、折れた電柱と崩れかけのビルだけが残ったまちの向こうに川が見えた。震災後、自宅から見た光景も同じだった。がれきが積み重なった「薄茶色の荒野」の先に、青い海が光っていた。「ここから見えるはずのない海がそばにあった。建ち並んでいた家々が、まちが消えたんだ」/ 震災から8年、世間の関心が薄れていく様子は原爆投下がたどった道に似ているという。「でも、この恐ろしさを忘れちゃいけないよ」。二つの体験を語り継ぎながら8月と3月の「あの日」には犠牲者のために祈る。」「〔写真:〕自宅前で、震災当時に押し寄せた津波の光景を説明する千葉匡一さん=岩手県大船渡市大船渡町明神前で、神内亜実撮影」