「住田型農業」:岩手県住田町

▽「住田型農業」について。
岩手県気仙郡住田町(すみたちょう)の農業経営は、かつて1970年代(昭和40年代後半~昭和50年代)に、作目(さくもく)の複合と労働力の集約を特徴とする農業経営「住田型農業」として全国的な脚光を浴びた。

 

全国町村会 | 町村のとりくみ|自立・持続のまちづくり 〜行政と住民の協働で地域の夢実現を目指す〜(多田欣一) http://www.zck.or.jp/forum/forum/2572/2572.htm
▽「■住田町の概況/ 「町長、支所を廃止して、きめの細かい行政と言えるのか」、「自立はいいが、財政的には大丈夫なのか」といろいろ意見が飛び交う、本町の地区懇談会です。/ 岩手県住田町は、三陸海岸に近い県の東南部、人口約7千人、総面積335平方km、山林が90%の典型的な山村です。産業の中心は農林業で、戦前は馬産地として、戦後は木炭、葉タバコ、養蚕を主産業としてきました。昭和40年代から50年代にかけては、野菜と畜産と の組み合わせによる複合経営で、平均耕作面積60aを集約した「住田型農業」を築き上げてきました。/ 一方林業は、昭和53年に林業振興計画を策定し、木材生産と加工に加え、住宅建築や住宅部材販売までの一連のシステム化を図るプロジェクトに取り組みました。このプロジェクトによって整備した木工団地では、180人の雇用を生み出しており、全国の林業地より注目をいただいているところです。/ 〔※略〕」

 

▼ハンドtoハンド: ねんぷにやっぺし〔2014.1.11〕 http://pub.ne.jp/kaorumurakami/?entry_id=5171532
▽「今日〔1月11日〕は〔住田テレビ「ねんぷにやっぺし」で〕下在〔住田町世田米〕の野呂好里さんご夫婦の取材をしました。農業と人生の生き方について多くの示唆をいただく良い機会となりました。」

Facebook:野田〔2014/01/11〕 https://www.facebook.com/naoki.noda.39/posts/581437831938135
▽「「住田型農業」の先駆的実践者を4カメで取材中!中山間地域で耕地が少ないために多品種高価値の少量生産に特化した当地の農業方式は、機械を入れた大規模大量生産と一線を画すものです〔※ここで言われる「住田型農業」が1970年代のそれと同じか不分明〕。戦後から苦労を続けられ、今日後進の指導に大きく時間を割かれている82才の男性(指導農業士)〔※野呂好里 氏〕へのインタビュー....農業の基本は「夫婦」そして「家族」とのお話でした。 — 場所: 岩手県住田町」

 →▼2014年1月11日(「ねんぷにやっぺし」取材)|2014年1月中旬:住田町に関する記事 - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2014/01/11/000000#nenpu20140111

 

Facebook:大滝〔2013年5月27日〕 https://www.facebook.com/katsumi.ootaki/posts/10201110411983447
▽「かつてこの町には「住田型農業」と他から称される農業スタイルがあった。それから数十年、現代の地域に根差す農の取り組みが新たに生まれようとしている。よいとりファーム@住田町。互助の精神をあらわす地の言葉「よいとり」を冠して消費者とのこころを通わす農が、いま始まる。いいね!の先に住田町がある^^」

▽参考:
Facebook:よいとりファーム(住田よいとり米づくりプロジェクト) https://www.facebook.com/Yoitorifarm
▽「地域団体/ 『縁』ある人々が協力して作業を行う「助け合いの精神」である「よいとり」。ここで出逢った素敵な『縁』が多くの『絆』となれる場所を目指します。」

▼緑を大事に米づくり/よいとりファーム、若手有志が開設/交流人口の拡大目指す〔2013年05月12日〕|東海新報 http://www.tohkaishimpo.com/scripts/index_main.cgi?mode=kiji_zoom&cd=nws8655

 

岩手日報|2011年ロング企画 100万人の針路|第3部 模索|岐路に立つ農業(上) 中山間地、技術で勝負〔2011年2月8日〕 http://www.iwate-np.co.jp/2011kikaku/shinro/shinro110208.html
▽「親から受け継いだ農地は、山と沢の隙間のわずか60アール。担い手がいない農家から借りた分を合わせても、1ヘクタール余りにしかならない。/ 住田町下有住の農業佐藤道太さん(26)は、中山間地の農業の生き残りを懸け、試行錯誤を続ける。/ コメのほかニンニクやズッキーニ、キャベツなどに幅広く挑戦。新鮮さを武器に、産直などで販売する。/ 同町は平均耕地面積が0・86ヘクタールと、県平均の2・22ヘクタールをはるかに下回る。北上川沿いの平野部のような大規模化を目指してもたかが知れており、輸入物との価格競争では勝負にならない。/ 佐藤さんが思い描くのは、かつて全国から注目を集めた「住田型農業」を進化させたものだ。」

▽「同町は1960〜70年代、コメやイチゴ、ワサビ、葉タバコ、畜産などを組み合わせた多角経営が盛んだった。平地から傾斜地、山際まで多彩な表情を持つ中山間地の特徴を生かし適地適作を徹底、狭い農地から高い所得を生み出した。/ だが、各地から訪れた視察団がノウハウを持ち帰り、はるかに条件のいい土地で大規模な多角経営を開始。その結果、「住田型農業」は価格競争に巻き込まれて、敗北した。/ 以後、農業は衰退の一途だ。農業者の高齢化率は71・9%に上り、あと10年ほどで〔2021年頃までに〕担い手の大半が引退する。/ 佐藤さんは「住田型農業の理念は間違っていなかった」と信じ、さらに「安全・安心」を加えた「新住田型農業」の確立を目指す。/ ただ、多彩な作物を同時進行で、しかも減農薬、有機栽培などの「安全・安心」で生産するには、高い農業技術が求められる。」

▽「〔住田〕町は2011年度、新規就農者の育成事業を開始する。若者らが1年間、町内のベテラン農家に弟子入りして指導を受け、町が生活費など毎月7〜10万円を支援する。/ 指導者を務める同町世田米の野呂好里さん(79)は「農業者一人一人が真摯(しんし)に技を磨いて消費者の信頼を得るしかない。時間はかかるが、二度と価格競争に巻き込まれてはならない」と強調する。/ 同じく指導者を務める同町上有住の農業松田秀樹さん(59)は「これからは技術力で勝負するしかない。農協も今こそ営農指導という本来の役割に立ち返るべきだ」と強く訴える。」「【写真=ニンニクの皮むき作業に励む佐藤道太さん(左)。少量、他品種の多角経営に「安全・安心」を取り入れた「新住田型農業」で生き残りを目指す=住田町下有住】/ ■本県〔岩手県〕農業の担い手とは: 2010年の農業就業人口は約9万人で、00年から約3割減少した。うち高齢者(65歳以上)が約6割を占める。県の予測では、1990年〔平成2年〕に約2万5千人いた若年農業者(49歳以下)が20年には4千人に激減する一方、高齢農業者は90年の2万4千人から3万人に増加する。」

 

▼コラム 気仙坂:「食の安全」の形〔2009年10月15日〕|東海新報 http://www.tohkaishimpo.com/scripts/column2.cgi?pflg=2&page=6&snen=2000&smon=01&sday=01&enen=2009
▽「「食の安全」の形/☆★☆★2009年10月15日付」 「住田町は今年度〔2009年度〕から、町内産農産物に関する独自の認証制度をスタート。「安全安心農産物認証制度」との名称で、制度に登録した生産者の農産物を「農薬・化学肥料不使用栽培」「農薬不使用・化学肥料節減栽培」といった栽培過程に応じた格付けを行い、これに基づくシールを生産者に交付。生産者が出荷時に袋などにはり付け、その安全性をPRしながら、ゆくゆくは安全野菜イコール住田のブランド化につなげようとのものだ。/ 日本国内の一農家平均耕作面積がおよそ一ヘクタールであるのに対し、中山間地にある同町の平均は約六十アールと狭い。農業が基幹産業の一つではあるが、狭い面積で他産地と競合するには特色ある農産物生産が必要不可欠だ。」

▽「昭和四十年代後半から五十年代にかけては、町役場や農協、農家が一体となり、労働力を集約して収益性の高いキュウリやイチゴの畑作と畜産を組み合わせて生産する集約・複合経営を推進。農業振興と農家所得向上に大きな成果をあげ、「住田型農業」として全国から脚光を浴びた。/ しかし、全国的な例に漏れず、従事者の高齢化や後継者不足の影響から、キュウリ、イチゴとも生産額は往時に比べて大幅ダウンしており、昨今においてはその輝きは失われたともいえる。昨年〔2008年〕の町と町農業委員会の調査によると、遊休農地は五十六ヘクタール。町内農地全体のおよそ二割を占める数字となっている。」

▽「こうした状況下でスタートした町独自の野菜認証制度は、認定農業者や新規就農者の掘り起こしと育成、集落営農組織の育成、農作業受委託組織の法人化など、「新住田型農業」確立へ向けた取り組みの大きな柱となるものだ。消費者の買い物の目安の一つにしてもらうことで、安全安心ブランド確立を目指す。誘致企業を窓口とした全国展開も視野に入れているという。/ 対象は町内の生産者で農産物は米を除く野菜が中心。農産物の栽培過程によって金、銀、銅の三種にランク付けする。/ 金の条件は「化学合成農薬、化学肥料または化学合成土壌改良資材を使用していない」、銀は「化学合成農薬を使用せず、化学肥料を県慣行栽培の50%以下に減らしている」または「化学肥料を使用せず、化学合成農薬を県慣行栽培の50%以下に減らしている」、銅は「化学合成農薬や化学肥料を県慣行栽培の50%以下に減らしている」となる。/ 審査は農業関係機関でつくる町農業振興協議会が実施。シール交付希望の生産者が申請書や栽培計画を提出し、これを受けた町が町農振協に書類や現地審査を依頼。結果報告を受けて生産者に登録通知書を交付。栽培スタート後、町農振協による現地調査を経てランク付けに至る。シールは出荷に合わせて交付される。」
▽「〔2009年〕九月に初の認定証書交付が行われ、三個人一団体がキュウリやサツマイモなどで受け、本格的に始動したばかり。同じ月〔2009年9月〕に同町の世田米商店街で開かれた「軽トラ・ワゴン市」にもこれら認証野菜が出品されていたが、早々と売り切れになる野菜もあるなど上々の売れ行きで、消費者の関心の高さが伝わってきた。取材終了後、認証品目ではなかったが、金シール取得者生産の小タマネギを購入して食べてみた。野菜の“効能”が何割か増しになったような気がし、うまいと感じさせられた。/ 昨冬〔2008年冬〕の中国製冷凍ギョーザによる中毒事件に関連して今月〔2009年9月〕十日、日中両首脳が食の安全問題について協議を進めることで合意したという。国内食料自給率が四割を切り、生産者の顔が見えない食材とも向き合わなければならない今だからこそ、この協議がどう着地し、一方で住田などの取り組みがどう広がりを見せていくのか注目していきたい。(弘)」

▼安全・安心野菜の里確率へ/広がるか独自の認証制度/開始初年度は4者が登録〔2010年01月01日〕|東海新報 http://www.tohkaishimpo.com/scripts/index_main.cgi?mode=kiji_zoom&cd=nws5278
▽「耕作面積の狭い中山間地における農業振興を目指している住田町。その一環として今年度〔2009年度〕スタートしたのが「安全安心農産物認証制度」。制度に登録した生産者の農産物を「農薬・化学肥料不使用栽培」「農薬不使用・化学肥料節減栽培」といった栽培過程に応じて格付けを行い、これに基づく金、銀、銅の各シールを生産者に交付。生産者が出荷時に袋などにはり付け、その安全性をPRする。初年度はモデル的生産者として三個人一団体が登録。「安全野菜イコール住田」のブランド化につなげようと、意欲的に取り組んでいる。/ 日本国内の一農家平均耕作面積がおよそ一ヘクタールであるのに対し、中山間地にあり森林面積が約九割という同町での平均は約六十アールと狭い。農業が基幹産業の一つだけに、他産地と競合するには「量より質」の考え方が鍵を握る。」

▽「昭和四十年代後半〔※昭和45年=1970年〕から五十年代にかけては、町役場や農協、農家が一体となり、労働力を集約して収益性の高いキュウリやイチゴの畑作と畜産を組み合わせて生産する集約・複合経営を推進。農業振興と農家所得向上に大きな成果をあげ、「住田型農業」として全国から脚光を浴びた。/ しかし、全国的な例に漏れず、従事者の高齢化や後継者不足の影響から、キュウリ、イチゴとも生産額は往時に比べて大幅ダウンしており、昨今においてはその輝きは失われつつあると言ってもいい状況にある。」

▽「こうした状況下でスタートした町独自の野菜認証制度。対象は町内の生産者で、農産物は米を除く野菜が中心。農産物の栽培過程によって金、銀、銅の三種にランク付けする。/ 金の条件は「化学合成農薬、化学肥料または化学合成土壌改良資材を使用していない」、銀は「化学合成農薬を使用せず、化学肥料を県慣行栽培の50%以下に減らしている」または「化学肥料を使用せず、化学合成農薬を県慣行栽培の50%以下に減らしている」、銅は「化学合成農薬や化学肥料を県慣行栽培の50%以下に減らしている」。/ 審査は農業関係機関でつくる町農業振興協議会が実施。シール交付希望の生産者が申請書や栽培計画を提出し、これを受けた町が町農振協に書類や現地審査を依頼。結果報告を受けて生産者に登録通知書を交付。栽培スタート後、町農振協による現地調査を経てランク付けに至る。シールは出荷に合わせて交付される。/ 昨年〔2009年〕九月に行われた初の認定証書交付式では、三個人一団体がキュウリやサツマイモなどの品目で登録。認証野菜は町内の産直やイベントでも販売されており、消費者の関心を集めている。買い物の目安の一つにしてもらうことで、安全安心ブランド確立を目指し、同時に誘致企業を窓口とした全国展開も視野に、すそ野の広がりを目指している。」「▲認証野菜は「軽トラ・ワゴン市」など町内イベントでも関心を集める」「2010年01月01日付 12面」

▽参考:
▼住田町安全安心農産物認証表示制度について - 産業 : 住田町 http://www.town.sumita.iwate.jp/sangyo/nousanbutu/nousanbutu.htm

▼〔※記事画像:〕安全・安心拡大を/シールなど初交付/野菜認証本格スタート〔2009年9月11日〕(東海新報)|ティーエフケイ株式会社 http://www.tfk-corp.co.jp/preririsu2002-2005/09-2newspaper.htm
▽「住田町が今年度〔2009年度〕から取り組みを始めた安全安心農産物認証制度にかかる初の認定証書交付式が〔2009年9月〕十日、同町生活改善センターで開かれた。制度に登録した生産者の農産物について、「農薬・化学肥料不使用栽培」「農薬不使用・化学肥料節減栽培」など栽培過程に応じた格付けを行い、出荷時にこれを知らせるシールを添付するもの。この日は三個人一団体が認定書を受け、安全・安心な農産物生産への意欲を一層高めた。/ 同町では町内農産物の他産地との差別化を目指そうと、平成十八年〔2006年〕に専業、兼業農家らで「安全・安心農業ネットワーク会議を設立。食の安全への関心の高まりにも対応すべく、極力農業や化学肥料を使わない栽培の確立を目指し研究を続けており、すでに学校給食への食材供給などを始めている。/ 認定制度は、こうした安心・安全な農業への取り組みを全町的に拡大させるとともに、ブランド確立を図ろうとのネライ。対象は町内の生産者で農産物は米を除く野菜が中心。/ 認定希望者からの申請後、農業関係機関でつくる町農業振興協議会(会長・多田欣一町長)が書類や現地審査を行い、「化学合成農薬、化学肥料または化学合成土壌改良資材を使用していない」「化学合成農薬を使用せず、化学肥料を〔岩手〕県慣行栽培の50%以下に減らしている」など栽培過程によって、金、銀、銅の三種のシールを交付してランク付けする。/ 初の認定を受けたのは、いずれも世田米地区の野呂好里さん、三浦康治さん、菊池誠一さん、世田米自然農法研究会(佐藤芳子代表)。交付式には三浦さんを除いて全員が出席した。/ 多田町長が認定証書と格付けシールを手渡し、「みなさんには住田の農業の新しい道を開いていただいた。認証制度は町内の生産者の自信と誇りにつながるものと思う。今後も安全安心農業のモデルとして一層努めてほしい」とあいさつした。/ 野呂さんと三浦さんはキュウリ、菊池さんはズッキーニとサラダセット、世田米自然農法研究会はニンジンとサツマイモ、ジャガイモでの認定。認定第一号となった野呂〔好里〕さんは安全・安心農業ネットワーク会議の代表なども務めており、「住田で野菜を作っている人すべてが参加し、安全な農産物生産の町として誇れるようになれば」と笑顔。十二日に世田米商店街で開かれる「住田い町青空市・軽トラ・ワゴン市」にも出品予定という。/ 町では認定申請を随時受け付け拡大を図る。認定証書交付までは受け付け後、二十日ほど要する。問い合わせは〔住田町役場〕産業振興課安全農業推進係(TEL〔0192・〕46・3861 内線314)へ。」「〔写真:〕格付けに用いられるシール(右)、多田町長から認定証書を受ける生産者(下)=住田町生活改善センター」」

▼もさばSUMITA好いネット管理人の日記: 住田町安全安心農業ネットワーク〔2007年12月13日〕 http://sumitayoi.seesaa.net/article/72512188.html
▽「〔2007年〕12月12日、住田町保健福祉センターにて『住田町安全安心農業ネットワーク』〔2006年設立〕の第10回目となる会議が行われました。/ 野呂会長の挨拶の後、平成19年度〔2007年度〕の事業報告が行われ、(1)鶏糞炭化物やグリーンパワー、すみた有機を試験的に使った圃場の結果報告/ (2)農業講座、実施研修の結果報告/ (3)学校給食や保育園給食など町内への供給について/ (4)町内の軽トラ・ワゴン市、東京板橋区で開催した産直市など/ 担当者から説明がありました。/ 〔平成〕19年度の結果としては、地味ながらも地道に着実に成果が出始めているということです。/ その後、20年度〔2008年度〕の事業はどうするかという事が話し合われ、19年度と同様に試験圃場や農業講座開催、町内供給や各種イベント等への取り組みを引き続き行っていくという事の他に、町内の生産基準を明確化し、生産や消費者ヘの明示、ブランド化をはかるための認証制度に関しても話し合われました。/ 委員会では認証制度は来年〔2008年〕の4月から制度を実施したいと意気込んでいました。/ その他、硝酸態窒素濃度の測定を検討してみるという事や、インターネットでの産直販売や、気仙管内の飲食店に直販してみてはどうだろうかという活発な案も出されました。/ なんか新しい住田型農業の希望の光が見えてきたような気がします。 o(^-^)o 」

▼もさばSUMITA好いネット管理人の日記: 青空市〔2006年06月12日〕 http://sumitayoi.seesaa.net/article/19163636.html

▼バイオ塾 情報創庫DB 農林畜産版:「安全・安心農業ネットワーク会議」設立〔東海新報〕〔2006年05月19日〕 http://blog.livedoor.jp/riibs/archives/50086894.html
▽「「安全・安心農業ネットワーク会議」設立/新たな農業振興策探/家庭菜園実践者ら加入」 「BSEや烏インフルエンザ問題など、「食」への不安が高まっている中、住田町で〔2006年(平成18年)5月〕十七日夜、「安全・安心農業ネットワーク会議」(野呂好里会長、会員十五人)が設立された。専業や兼業農家をはじめ、家庭菜園で農業を実践している人たちが農薬や化学肥料を使用しないで農作物を栽培し、技術の向上を図りながら販路を拡大してビジネス展開していこうという試み。同町の新たな農業振興の方向性を探るもので、会員たちは「安全安心な作物づくりを新住田型農業に」と張り切っている。 >> 東海新報〔※リンクURI〕」 ※リンク先オリジナル記事消失

▼安全安心農産物認証制度にかかる認定書の交付式〔「安全野菜に意欲一層/町独自認証制度に2人/住田」(2011年5月21日)東海新報〕 | 詳細情報 | NDL東日本大震災アーカイブ http://kn.ndl.go.jp/2cf7fc46-9c05-4e12-97a2-2a21e2220279
 →▼安全安心農産物認証制度にかかる認定書の交付式 - 岩手震災アーカイブNAVI http://iwate-acv.iwate-u.ac.jp/infolib/id-c/M2013021514592821659

▼世田米自然農法研究会 http://www.geocities.jp/npoyumenet/02/3nohokenkyu.htm

 

岩手県住田町|都市・地域整備局 下水道部|国土交通省 http://www.mlit.go.jp/crd/city/sewerage/rocal/kyouyou/h14/iwate-sumida.html
▽「■人口: 約7,200人/ ■町の概要: 住田町は、岩手県の東南部に位置し、東西に30.68km、南東に19.02km、総面積は334.83km2で90%以上が森林となっております。地形は東に五葉山、愛染山、高森山、北に高清水山、貞任山、西に種山、大鉢森山、南に生出山、太平山と四方を囲まれており、その中心を北から南に流れる気仙川や支流になっている五葉川、坂本川、火の土川、新切川、大股川、中沢川に沿う様に農地や住居が点在しています。/ 昭和30年〔1955年〕4月、世田米町、下有住村、上有住村の1町、2村が合併して現在の住田町が誕生しました。風光明媚な種山ヶ原に象徴される豊な水と緑の景観を大切にしながら、自然と生産の調和のとれた活力溢れる町づくりを目指して、地場産業においては米、園芸、畜産等の集約的複合経営形態を特徴とした「住田型農業」、森林の整備から木材加工、流通まで各部門を有機的に結んだ産業循環を図る「住田型林業」を展開しております。林業においては、〔※略〕/ 平成9年度〔1997年度〕に住田町特定環境保全公共下水道事業計画認可を受け、過疎地域活性化特別措置法により、公共下水道の幹線管渠及び処理場建設等に係る事業を、県代行事業として実施していただき、早期に供用開始できることとなりました。今後下水道が普及することにより、水質保全及び生活環境改善に大きな効果が期待されます。/ ■下水道計画の概要: 〔※以下略〕」

 

卒業論文宇都宮大学国際学部(中村祐司)研究室 http://gyosei.mine.utsunomiya-u.ac.jp/ronbun.html
▽「第十二期生(2009年度 PDFファイル)/<国際社会学科>」として、卒業論文森林資源活用による地方活性化 ~岩手県住田町を事例に~」(横澤光祐)全文PDFリンク。

 →▼PDF:「森林資源活用による地方活性化 :岩手県住田町を事例に」(横澤光祐, 2009年度) http://gyosei.mine.utsunomiya-u.ac.jp/2009sotsuron/2009sotsuronyokosawa.pdf
▽「第1章 住田町の概要/ 本章では、住田町の概要と町が策定した計画やプロジェクトを紹介する。/ 第1節 住田町の概要と本町における林業の状況/ 住田町は、岩手県の東南部、北上山系の南端に位置し、人口約6,700 人、高齢化率38%の北上山系の典型的な山村である。町の総面積は33,483ha、そのうち約90%が森林であり、町の基幹産業は、「農林業」である[1]。農業は狭い農地を有効に活用し、イチゴ・葉タバコ・キュウリ等の反当収益の高い作物に、ブロイラー・養豚等の大規模施設型畜産を加え、1965年代後半〔※昭和40年代後半を指すか〕には、「住田型農業」として全国的に注目を集めた。しかし、農業従事者の高齢化や産地間競争の激化等により、ここ10年ほどは失速している〔※執筆の10年前は1999年頃〕。そして、それに替わって、無農薬、無化学肥料の安全安心農業が新たに登場している。今、町で最も盛んなのが林業である。町の森林面積は30,272ha、人工林率は54%、樹種別ではスギが34%、アカマツが13%、カラマツが8%、広葉樹が45%となっている。町の森林の特徴は、森林面積の約43%が町有林で、町有林の面積は13,270ha、うち町の直営林が8,254ha、官行造林[2]や県行造林[3]への貸付が5,025ha となっている[4]。」

▽※なお、この卒業論文は同著者の「住田町と木質バイオマスにみる地方活性化の可能性」や「住田“い”町のまちづくり :住田町の合併と将来について」などをベースにしており、いずれもweb上で公開されている。

→▼PDF:横澤光祐「住田町と木質バイオマスにみる地方活性化の可能性」|宇都宮大学国際学部 行政学(中村祐司)研究室 http://gyosei.mine.utsunomiya-u.ac.jp/ensyu/080623yokosawak.pdf
→▼横澤光祐「住田“い”町のまちづくり ~住田町の合併と将来について~」|2007年度後期「地方自治論」レポート|宇都宮大学国際学部 行政学(中村祐司)研究室 http://gyosei.mine.utsunomiya-u.ac.jp/since2001koki/jichi07/jichi07report/080121yokosawak.htm

 

▼危機の日本農業とその活路〔志賀 節〕〔「月刊ベルダ」1998年12月号初出〕|杜父魚文庫(カジカ文庫) http://www.kajika.net/shiga/981227.htm
 →▼危機の日本農業とその活路|志賀節ホームページ http://www1.ocn.ne.jp/~s-shiga/verdad12_98.htm
▽「◆ かって河北文化賞を、岩手県住田町農業が受賞したことがあった〔第25回 河北文化賞(1975年度)〕。河北文化賞は東北ブロック紙の雄「河北新報」の設立した賞だ。それ以来住田町農業が「住田型農業」と呼ばれるようになった。/ ◆ 住田型農業とは何か。河北文化賞の受賞対象者となった農業とはどういうものなのか。/今は故人だが、住田町の農協の組合長〔※1967年、住田町農業協同組合組合長に就任。なお、1957年に合併前の下有住村農協組合長に選出されている〕や町長〔第8代住田町長。在任1981-85〕を歴任した佐熊博という勝れた人物と親しかった関係もあって、私は住田町型農業の何たるかを多少知っている町外の一人だと思う。/ ◆ 住田型農業の出現するまでの日本の農業は、公的機関から勧められる作目をほとんど鵜呑みにしていた。自ら額に汗して農作物を作り、どの地域、どの時期が最も適しているかなど、体験のない机上のプランナーの言いなりになること自体、危険千万といわなければならない。当然失敗をする。その尻を農林水産省に向ける。だからといって損失が補填されるわけでも何でもない。「農政はノー政だ」と罵るのが関の山だ。その反省に立って住田型農業が誕生したのだといってよいと思う。」
▽「■「住田型農業」とは何か/ ◆ たとえば公的機関が住田町に特定の作物の生産を奨励してくる。ところが住田町はこれを鵜呑みにはしない。農・林・商工の三団体の代表が一同に会してその是非を検討する。その結果、キユウリが選ばれたとする。生鮮野菜の一品目として出荷する数量と漬物として出荷する数量とを計算のうえ、生産する。併せて漬物用のビニール袋やプラスチック製の容器が用意される――こういった具合なのだ。/ ◆ 他から押しつけられるのではなくて、検討の結果、何が最適の産物であるかを知って始めただけに、事業の推進には殊更力が入る。これこそ、これからの日本農業の進路として、大きな示唆を与えてくれるものではないかと考える。/ ◆ ただこのような動きが全国的になった場合、生産物に過剰と過少の出ることは充分予想される。そのような場合にこそ、公的機関すなわち農林水産省が適切な調整を果たす役割を担うべきなのだ。/ ◆ 農民の生産意欲を殺がず高めるために、何としても自主性、自発性を尊重することだ。そのためには生産者の希望作目について、第一から第三くらいまでの希望を書いてもらい、極力、第一希望を叶えるようにはするものの、それが何らかの理由で叶えられない場合に備えておくのだ。日本農業の在り方を、このように生産者の自主性、自発性を最大限に尊重していくのが喫緊事だと私は考える。/ ◆ つぎに大切なことは、農林漁業が環境保全に大きな役割を果たしている点を、深く認識することだ。環境保全のための対価ないし経済面の評価を、農林水産業に折込むべきだとする意見に私は賛成だ。だだその価格の割り出しや計算式が、大方の合意と納得を得るまでには、時間的な経過を必要とするように思われる。問題は、その時間的な経過を待っていられるほどに、日本農業には余裕があるだろうかということだ。/ 〔※以下略〕」

▼コメに代わるのは花卉/「押しつけ農政」からの脱却を〔「財界」1999年3月30日号初出〕|志賀節ホームページ http://www1.ocn.ne.jp/~s-shiga/zaikai_apr27.htm
▽「(鈴木善幸内閣で農林水産政務次官を務めた志賀節氏は、コメに代わる農家の安定的収入源を見つけるのが急務で、それは花卉〔かき〕だと語る。そして、農民の自主性を尊重せよ、と訴える。)/ 〔※略〕/ 今日、日本農業の最大の欠陥と私が目しているのは、農民の自主性をいかさない点だ。戦後の農政に一貫して流れているものは、上からの押しつけとその目まぐるしい変更だった。農政担当者はこれをそうと考えてはいないのかもしれないが、持参金(補助金)までつけてこの花嫁(作物)はどうだと差し出されれば、押しつけだと受け取られてもおかしくはない。見込み違いだったと、仲人(農政担当者)は次から次へと持参金つきの新たな花嫁候補を差し出す。それに飛びついては性懲りもなく失敗を繰り返し「猫の目農政」と非難するが、それが何らの補償になるわけでもない。/ 苦い体験から築きあげた農業のあり方に「住田型農業」というものがあった。岩手県気仙郡住田町の優れた指導者、故佐熊博元町長〔在任1981-85〕の提唱した農業だ。河北新報社設立の第二十五回「河北文化賞」を昭和五十年度〔1975年度〕に獲得して、当時一躍脚光を浴びた農村形態だった。/ 農林水産省からどのような作物をすすめられても、いかに補助の条件がよかろうとも、すぐ飛びつくようなことはせず、そのつど、農、林、商工の三団体の代表からなる協議機関を通じて、受け入れるか否かを検討、受け入れるとなれば、生鮮、加工、の両部門に大別した計画に基づいて生産態勢に入る。出荷もまた計画どおりに進められる。/ 農林水産省は、農民のやる気を尊重し、引き出すことにつとめるべきだ。農民の生産意欲にのみ任せておけば、生産過剰になる作目も出てこよう。その場合、農林水産省は農民の生産意欲を極力尊重した調整役に徹すべきなのだ。/ (これは、「財界3月30日号(1999年)」に掲載されたものです)」

▽参考:
▼河北文化事業団 http://www.kahoku.co.jp/bunkajigyoudan/
 →▼PDF:第62回 平成24年度 河北文化賞 http://www.kahoku.co.jp/bunkajigyoudan/pdf/H24_bunkasyou.pdf
▽「河北文化賞受賞者=年度順=/ 〔※略〕/ ■第二十五回受賞者(昭和五十年度〔1975年度〕)/ 〔※略〕/ 生産と生活の調和を図る地域農業計画の実践/ 岩手県住田町 農業総合指導協議会/ 〔※略〕」

▼歴代町長:住田町 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8F%E7%94%B0%E7%94%BA#.E6.AD.B4.E4.BB.A3.E7.94.BA.E9.95.B7
▽「■歴代町長」「〔代:〕8/ 〔氏名:〕佐熊博/ 〔就任年月日:〕1981年(昭和56年)8月5日/ 〔退任年月日:〕1985年(昭和60年)8月4日」

 

▽※論文、斎藤 恭「農山村における地域農業組織化の研究 :住田町の地域農業組織化を事例として」(「岩手県農業試験場研究報告」第26号, pp. 62-78, 1987)。必読。 (※全文PDFリンクあり)
▽目次: 「I 緒言/ II 住田町の農業構造/ III 住田町農業の再編要因/ IV 住田町農業の問題点/ 1 個別経営の生産力確保と生産性の停滞/ 2 農業発展の集落間落差/ V 集落農業振興主体の形成/ VI 地域農業組織化と農業振興主体の活動/ VII 要約」「引用文献」
▽「図1 住田町の農家間補完結合形態/ 図2 集落別1戸当り農産物販売数と農業就業人口の変化/ 図3 住田町の農業振興への取り組み/ 図4 住田町農業組合指導協議会機構図/ 図5 農業就業人口の変化/ 図6 農業清算所得の推移/ 図7 第1主成分と第2主成分による集落スコアーの分布と青年組活動/ 図8 集落農林業振興会組織モデル/ 図9 地域農業振興主体の活動手順」 「表1 作目別生産形態/ 表2 農家および経営耕地の変化/ 表3 住田町の農業粗生産額/ 表4 イチゴ10g当り生産性と第1次生産費/ 表5 住田町モデル農家の作目別生産性/ 表6 下在及び五葉地区の農業概要/ 表7 五葉及び下在地区の主要営農類型/ 表8 農業の発展段階別集落の農業概況/ 表9 生産者の組織化に関する考え方/ 表10-(1) 町農業の推進主体とその機能/ 表10-(2) 町農業の推進主体による経営要素の利用調整」

▼「岩手県農業試験場研究報告」第26号〔1987年(昭和62年)〕・摘要 http://www.pref.iwate.jp/~hp2088/bulletin/noushi/noushi_summary26.html#26-04
▽〔摘要:〕「農山村における地域農業組織化の研究 -住田町の地域農業組織化を事例として/ 齋藤 恭」
▽「1.本報告は「地域農業」の再編を担う主体の形成及びその機能と活動の手順を住田町農業再編の取り組み事例をもとに、実証的に明らかにしようとしたものである。/ 2.同町〔住田町〕の農業再編過程から、地域農業再編には、(1)市町村の農業関係機関の合意形成のもとに、その組織化を図り農家への指導、援助の一元化を図ること、(2)個別経営の綿密な現状分析と営農改善計画が策定されること、(3)営農改善計画実現のため的確な投資、技術革新、マーケティングが行われること、(4)町・農協等の呼びかけに答え経営改善を図ろうとする意欲的農業者相互の連携を深め生産意欲を高め、かつ、技術・経営能力の向上を図るため農協作目別部会組織を充実すること等が重要であることが明らかになっている。/〔※略〕/ 5.集落の農業振興主体は、市町村、農協の支援のもとで、農業個々の具体的な経営目標とその実現のために必要となる農家相互の補完結合関係を明らかにし 集落を構成する農家それぞれの営農の確立が可能となる集落システムを形成することが重要である。」

 →▼PDF:「農山村における地域農業組織化の研究 :住田町の地域農業組織化を事例として」(斎藤恭, 1987) http://www.pref.iwate.jp/~hp2088/bulletin/noushi/pdf/noushi26-04.pdf
▽※謝辞、「〔※略〕 さらに住田町農業協同組合長 紺野源吾 氏,住田町産業課課長補佐 高木辰夫 氏,同係長 多田欣一 氏,住田町農協農産課長 高橋憲夫 氏,前大船渡普及所住田駐在所長 佐藤東次 氏をはじめとする現地農業関係機関の職員の方々から研究推進上多大な御配慮を賜った.〔※略〕」(p. 62)

▽※「住田町農業の再編過程とその要因は長谷山 [1],太田原 [2]によって詳細に報告されている」(p.65)として次の文献指示あり。
▽[1] 長谷山俊郎「経営主体の形成過程と地域農業振興に関する実証的考察」(「東北農業試験場研究報告」63, pp. 161-209, 1981)
▽[2] 太田原高昭『地域農業と農協』日本評論社(1979)、第3章。 ※のち新装版(1982年)あり。

 

▽※太田原高昭に共編著『協同組合運動のエトス :北の群像』(北海道協同組合通信社, 2003)があり、「北上山地の奇跡 :佐熊博と住田町農協」(太田原高昭 執筆、佐熊博略年譜あり)を収める。
▽見出し構成は次のとおり。(なお、目次ページには誤植がある。本文中の表記に従う。)

▼太田原 高昭「北上山地の奇跡 :佐熊博と住田町農協」(太田原高昭、中嶋信 編著『協同組合運動のエトス :北の群像』北海道協同組合通信社, 2003年)
▽「一 住田町は生きるに値するか/ 北上山地の峡谷にて/共産党員組合長の誕生/「住田は生きるに値するか」/ 二 複合と集約の住田型農業/ 稲作の省力化と収益作物の導入/自立した生産者組織の確立/山村の社会構造と地域複合生産/ 三 農協とは何をするところなのか/ よい農協と普通の農協の分岐点/農協労働者の働き方/組合長から町長へ/ 四 佐熊博の問いかけるもの/ 教育者の視点/加工型畜産、地域複合、農協合併」「追記」「佐熊博 年譜」

▽※「追記」に参考文献として、太田原高昭『地域農業と農協』(1979)、佐熊 博『住田の里で』河北新報社(1992年)を挙げる。後者は、佐熊の自伝と住田町農業組合長として書いた文章を収める。好著。

 

▼盛岡タイムス Web News|〈幸遊記〉46 照井顕 澤田博史の肥前大村耕し隊〔2011年11月21日〕 http://www.morioka-times.com/news/2011/1111/21/11112104.htm
▽「■〈幸遊記〉46 照井顕 澤田博史の肥前大村耕し隊」「山の展望台から海を眺めれば、なんとなく陸前高田の美しかったあの風景が思い出される長崎県大村市高田松原ならぬ、大村湾松原地区に住む友人・溝田博史(61)さんから、生そばが送られて来たのは昨年〔2010年〕の12月だった。/ 〔※略〕/ 彼はかつて、毎日新聞社が刊行していた「月刊・農業富民」〔富民協会 発行、毎日新聞社 発売。のち「Fumin」に改題〕の編集長だった。彼が住田町へ来た時見せられた本をパラパラめくって、「農業雑誌とはいえ音楽のページが全然ないんじゃ総合誌とは言えないんじゃない」と言ったら「では音楽のページを作りますから担当してください」と言われ「音楽の種まき」というレコード紹介を毎月4枚。それに「日本ジャズの原風景」という「ジョニーの写真帖」を1枚見開き2ページに掲載させてくれた(平成元年〔1989年〕~4年〔1992年〕)。彼が5年勤めた編集長の後3年間だった。」
▽「彼と初めて会ったのは、昭和の終り頃。当時、全国に知られた「住田型農業」を実践していた時の佐熊博・住田町長(第8代、在任1981-85)や佐々木繁吉助役、のちの町長できのこ博士の菅野剛氏〔第10-12代 住田町長、在任1989-2001〕などと一緒に、〔アメリカ合衆国オレゴンへの農業視察団で行った時で、同行取材をしていたのが彼、溝田博史さんだった。/ 僕はその時、住田羊の牧場を開いていた種山ケ原共働農事組合法人 種山ヶ原共働組合〕の故・稲葉紀雄氏に連れられてのお相伴旅行。オレゴン州知事室に掲げられていたジーンズ姿で2人の子供が立ち話をしている写真に添えられていた文字「長いこと農業やってんだってね」は今も鮮明だ。(開運橋のジョニー店主)」「2011年11月21日 (月)」

▽参考:
▼盛岡のJazz(ジャズ)スポット 開運橋のジョニー | Home http://www.johnny-jazz.com/
▼岩手復興書店~岩手の人たちの、知の営みを伝えたい|〈著者の横顔〉 小泉とし夫・照井顕 http://www.iwatehukkousyoten.com/writers/writer02.html

富民協会 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E6%B0%91%E5%8D%94%E4%BC%9A#.E5.87.BA.E7.89.88.E7.A4.BE.E3.81.A8.E3.81.97.E3.81.A6.E3.81.AE.E6.B4.BB.E5.8B.95

▼盛岡タイムス Web News|〈幸遊記〉62 照井顕 稲葉紀雄のチャールズ・ミンガス〔2012年3月13日〕 http://www.morioka-times.com/news/2012/1203/13/12031303.htm
公益社団法人畜産技術協会:国内関連情報:報告書〔1997年度〕 http://jlta.lin.gr.jp/report/detail_project/h09_02y.html
▽「平成9年度めん羊振興対策事業/ 中山間地域におけるめん羊飼養と利用及び振興に関する調査報告書」「平成10年〔1998年〕3月 社団法人 日本緬羊協会 会長 豊田 晋」 ※調査地のひとつは住田町種山ヶ原の牧羊場(旧 種山ヶ原共働組合)。

 →▼岩手県住田町の牧羊業 - atimus's blog http://atimus.hatenablog.jp/entry/2013/01/16/000000

 

▼(無題)〔2007年3月8日〕 | MOSABA掲示板|SUMITA好い.net http://6106.teacup.com/kodanoue/bbs/396
▽ 「(無題) 投稿者:岩手路巡り 投稿日:2007年 3月 8日(木)08時39分59秒」
▽「続 岩手路巡りの思い/ かつて、三陸いちご”をはじめとする農産物で全国から「住田型農業」として注目を浴びたことがありました。佐熊博氏という強力なリー ダーシップをもった方が住田町農業協同組合を率いておられた時代です。農協の中に若者たちの討論する場を設け、徹底して「住田の里で豊かな暮らしを求めるにはいかにすべきか」を議論し尽くし、農協と組合員である農民を一体化して当時の閉鎖された社会での地域の発展を模索しておりました。」
▽「しかし佐熊氏の引退とともに、事業は負債だけが残り、その後の住田町農協は他の組織に吸収されたと聞きます〔※住田町農協は2001年(平成13年)3月に陸前高田市農協に吸収合併。さらに2008年、陸前高田市農協は大船渡市農協(JAおおふなと)に吸収合併された〕。佐熊氏(佐熊氏は戦後共産党岩手県委員会の委員長を努め、国政選挙に立候補するとともに、自らの思想を貫くため入獄までされたのですが、今度はその共産党と対立し除名になり、晩年は住田町長〔在任1981-85〕に転職するという数奇な運命を辿った)のやり方考え方が時代に合わなくなった事が原因でしょうが、当時日本のほとんどの農協組合長が名誉職的な時に〔佐熊氏が〕あのような強力なリーダーシップを発揮した事は目を見張る思いでした。」

▽「ひるがえって、グリーンツーリズム テグムの会の若者のみなさんに、新生住田町の未来を創るリーダーに育ってほしいと願うのは年寄りの郷愁でしょうか。町民でもない人間が、大和魂さんはじめとする町民のみなさまに失礼を省みず様々な事を述べてしまいましたが、純真な彼らを郷土のために大切にしてほしいな、と思いついついお節介をかえりみず長々と書き込みましたことお許し願います。」

▽参考:
▼好いネットとは?:G・Tテグムの会について|SUMITA好い.net http://ww51.et.tiki.ne.jp/~tegumu/html/pages/01_yoinet/yoinet.html

▼「広報すみた」No.498(2001年3月号?)|住田町ホームページ http://www.town.sumita.iwate.jp/chousei/koho/No498/ko498.html
▽「■新JA陸前高田市が誕生: 住田町農業協同組合(正組合員1661人)と陸前高田市農業共同組合(正組合員3164人)が、〔2001年〕3月1日に合併し「陸前高田市農業協同組合」(細谷弘組合長)が新たに誕生しました。/ 2月28日まで本所(十文字)であった所〔住田町下有住字十文字87ー9〕は、畜産センターとなり、これまでの畜産部の業務を行うことになりました。/ また、ほかの各支所などの名称は変わらず、今までと同じ業務が行われます。」「〔写真:〕これまでの本所に新しい看板が設置されました」

大船渡農業協同組合 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%88%B9%E6%B8%A1%E5%B8%82%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E5%8D%94%E5%90%8C%E7%B5%84%E5%90%88
▼JAおおふなと http://www.jaofunato.or.jp/

岩手県気仙地方スレッド~大船渡市・陸前高田市・住田町~ http://mimizun.com/log/machi/touhoku/1091157921#148
▽「148 :堆肥工場へ助成めぐり住田町二分:2005/03/06(日) 12:00:25 id:RfisbNCI [ YahooBB218130090113.bbtec.net ]」 「住田町で、経営難が続く同町上有住陸前高田市農協(細谷弘組合長)堆肥(たいひ)工場への助成をめぐり、町を二分する論争が起こっている。町議会(千葉滋夫議長、15人)は昨年〔2004年〕12月、助成を求める同農協の請願を採択したが、自立のための歳出削減に取り組む町は2005年度当初予算案への助成費計上を見送る。町議会に説明を求める住民組織も結成された。一方、同農協は「町の主要産業を守るため」と強く支援を求めている。 www.iwate-np.co.jp/news/y2005/m03/d06/NippoNews_8.html 」
 →▼岩手日報|堆肥工場へ助成めぐり住田町二分〔2005/03/06〕 http://www.iwate-np.co.jp/news/y2005/m03/d06/NippoNews_8.html

▼敬天新聞〔2006.09.16〕 http://brog.keiten.net/?eid=449801
▽「堆肥工場へ助成めぐり住田町二分(2005/03/06)」 「住田町で、経営難が続く同町上有住陸前高田市JA農協堆肥工場への助成をめぐり町を二分する論争が起こっている。町議会は昨年〔2004年〕12月、助成を求める同JA農協の請願を採択したが、自立のための歳出削減に取り組む町は2005年度当初予算案への助成費計上を見送る。町議会に説明を求める住民組織も結成された。一方、同JA農協は「町の主要産業を守るため」と強く支援を求めている。同工場は旧住田町JA農協1977年に建設した。総面積約2万平方メートル。同町等の24施設から排出される鶏ふんで、堆肥を製造している。1日当たりの計画処理量25トンに対し持ち込まれる鶏ふんは1日約40トンに上り、余剰堆肥の処理に悩まされてきた。昨年〔2004年〕11月に施行された農業環境三法に対応するための汚水貯水槽や洗車場等の整備も急務だ。/ 同JA農協は余剰堆肥の処理に約1億7000万円、同法に対応する改修に2000万―3000万円必要と見込む。JA農協陸前高田市農業協同組合は経営が悪化していた旧住田町JA農協と2001年に合併し、職員賞与の全額カット等経営難が続いている。多額の投資を行う余力はなく、昨年〔2004年〕町議会に助成を求める請願を提出した。町議会産業経済常任委は「JA農協の自助努力が必要」と不採択を報告したが、本会議では激しい論戦の末、逆転採択された。町等は05年度から鶏ふん炭化施設を建設予定で、完成後余剰堆肥は解消される見込みだ。荒木久一〔町議会〕副議長は「養鶏関連で町内に500人以上の雇用があり、生産が止まれば町経済に大打撃となる。炭化処理につなげるためにも農業環境三法対応分は理屈抜きに支援すべきだ」とする。一方、佐藤啓一町議は「自立のため町民に痛みを強いているときに、JA農協にだけ助成するのはおかしい。議会が自立への責任を放棄したようなものだ」と反発する。町議会の採択を疑問視する町民有志は「住田町政を憂える会」を結成。これまでに612人の署名を集め、千葉〔滋夫〕〔住田町議会〕議長に提出した。藤井代表〔住田町政を憂える会〕は「助成は自立を目指す町の財政に大きな影響を与える。反対はしないが慎重を期すべきだ。議会は町民に経緯と畜産の長期展望を説明してほしい」と訴える。多田欣一町長は「余剰堆肥の処理はJA農協の責任だ。農業環境三法対応分はJA農協の工事費積算の根拠があいまいすぎる。慎重に検討したい」と、05年度当初予算案への助成費計上を見送る。細谷〔弘〕組合長は「堆肥処理と炭化処理の両輪が確立されれば、町の主要産業の畜産を長期的に維持できる。しかし、JA農協の自助努力は限界だ」と理解を求めている。」「■農業環境三法: 家畜排せつ物管理法、持続的農業法、改正肥料取締法の総称。家畜ふん尿の適正な管理、処理を義務付けるとともに、有機肥料の利用を促進し、環境と調和した農業の推進を目指している。」 ※岩手日報記事を一部改変したものか。

 

▽※なお、上掲MOSABA掲示板への投稿冒頭に「続 岩手路巡りの思い」とあるのは、前日の次の投稿を受けてのもの。

▼(無題) 〔2007年3月7日〕| MOSABA掲示板|SUMITA好い.net http://6106.teacup.com/kodanoue/bbs/394
▽「投稿者:岩手路巡り 投稿日:2007年 3月 7日(水)15時29分43秒」
▽「〔2007年〕3月6日久慈市街地から久慈渓流を坂登り旧山形村を通って岩手町沼宮内に出ました。その途中平庭峠を越えたところにちょうど住田町と似たような環境にある葛巻町があります。町の四方を平庭・大坊・国境各峠に囲まれ、唯一馬渕川の水流が北方の小鳥谷へ向い青森県八戸まで行って初めて太平洋に注ぎます。住田町と異なり冬場の気候は氷点下5度以下と寒冷地のため、国道を走っている間水田は皆無でした。牧草地と炭焼き小屋ばかりが目立ちます。/ しかしこの国道から奥に入ったところに「葛巻ワイン」「葛巻高原牛乳」「森のそば屋」「風力発電」等等「岩手葛巻町株式会社」として全国的に話題になった、町をあげて日本の食料供給基地になるということを目的にしているくずまき高原牧場があります。/ 〔岩手県葛巻町は〕住田町のように観光地が無い為これに依存せず、本州一の寒冷地の為通常の食料生産をあきらめ、世界に通じる製品(ワインについては欧州の技術を取り入れ)を供給できるような体制と人的資源を作り出そうとしています。葛巻町として町長町民一丸になって行っているところが住田町と異なるのではないでしょうか。/ちなみに以下の4つの第3セクターによる地域活性化の取り組みが主流です。/ (社)葛巻町畜産開発公社(公社牧場の経営等)/ 葛巻高原食品加工(株)(山ぶどうワイン製造販売)/ (株)グリーンテージくずまき(交流宿泊施設の経営)/ エコ・ワールドくずまき風力発電(株)(発電・売電事業等)」
▽「誘致企業に依存するのではなく、夢ばかりではなくより現実の経済を意識して、地元でカネを負担して地元の人的資源(頭脳)を使っているところに無限の可能性を感じます。ひるがえって、住田町にも同じような可能性があるのではないでしょうか?いや、むしろ気象・交通等の地理的自然的条件は上回っていると思います。高速道路があるわけではなく、新幹線もなく、大船渡のような国際港湾が近くにあるわけでもなく、完全に孤立したような土地にあっても輝いている町だと思いました。未来の住田町が輝く為にも現実の経済に順応した町創りが必要なのではないでしょうか?」

▽※なお、同月末に次の投稿もある。
▼171 ワーキングホリデー〔2007年3月28日〕|MOSABA掲示板 http://6106.teacup.com/kodanoue/bbs/403
▽「ワーキングホリデー 投稿者:岩手路巡り  投稿日:2007年 3月28日(水)09時02分17秒」
▽「お久しぶりです。テグムの会の皆様お元気ですか?/ さて、/ この頃この世に”ワーキングホリデー”というものがあるということを、大和魂さんの普段の発言から知りました。私のような年寄りには耳慣れない言葉なので、ハテ、何のことだろうと思っておりましたところ、五葉地区でその”ワーキングホリデー”というものが実際におこなわれたところがブログに掲載されておりました。/ わかった。なーんだそういうことだったのか。 ”結いとり”の現代版だな。/ 機械化がされていない昔、農作業はすべて一軒の農家ではまかなえず、特に”田植え””稲刈り”時は集落の全戸で協力しておこなったものです。/ その”結いとり”の変形したものが”ワーキングホリデー”なんだと感じました。この結いとりは、実際の労働価値はもちろん労働を通じて各人の結束力・団結力へとつながり日本の農村集落としての”芸術美”だったと思います。意識してようと無意識であろうと、みんなで協力してひとつの作品を創り上げてゆくようなものです。/ 五葉の農家の方は皆様が思っている以上にありがたかったと思いますよ。地元の食材を使って精一杯のごちそうを振る舞っていることからも、その感謝の気持ちが伝わってきました。たしかテグムの会発足時に岩手日報に「経済的にうるおわなければ」という地元の方の発言があったように記憶しておりますが、それはそれとしてこのような身近なところから、あるいはできることからというテグムの会の手法・手段と現代の若者のすばらしさを感じ、久しぶりに心が洗われた岩手路巡りでした。/ 〔※以下略〕」

 

▼林試だより/地域林業の組織化/茨城県林業試験場 http://www.foresternet.jp/files/0000/1739/597.00597.pdf
▽「〔※略〕/ 今回の共同研究〔「地域林業の組織化モデルに関する研究」(国補課題)〕のなかで林業のこれからの組織化を考える上で、最も参考になると思われるのは岩手県住田町の例である。/ この住田町は、地域農林業の振興に「住田方式」というユニークな組織化づくりを展開し村おこしを図っていることはつとに有名である。/ 農業では昭和四十年代に行政主導により個別経営の組織化によって集落ぐるみの施設型複合農業を成功させたが、林業部門においても、集落ぐるみで生産活動を活発化させるために、集落ごとに「林業振興団地組合」を結成し、現在、こうした事業実行組織体としての組合が五三存在する。各組合ごとに、専任の作業リーダーを置き、共有林を中心に、地域の林家総参加のもとで、スギ材の銘柄化をめざして造林、枝打、間伐などを計画的に実行している。そして、町の森林組合の実質的な事業を担当する作業班としての機能をも果たしている。ただ、いまのところ、五三の団地組合のうち、積極的に活動しているのは八組合だけで、今後、残りの組合をいかに活性化するかが大きな課題となっているが、集落単位に林家の組織である団地組合を結成し、協業化を進めているやり方は、林業依存の高い地域の組織化を進める場合の一つのあり方を示すものと言える。/ 〔※略〕」

 

▼ルーラル電子図書館:記事概要 http://lib.ruralnet.or.jp/cgi-bin/ruraldetail2.php?DSP=GENDAI!1988!198804!198804_041.htm
▽「記事ID: 198804_041 / 作品種別: 月刊 現代農業」「連載タイトル: 運動ネットワーク 農業の新地平を拓く(4)/ 記事タイトル: 広がるシープトピア運動―共働(シナジー)の理念を掲げて」「年・月: 1988年04月号〔昭和63年〕」「執筆者: 楠本雅弘」
▽「見出し: ●壁乗り越える道を模索する「住田型農業 ◎(1)岐路にたつ「住田型農業」 ◎(2)種山牧野をどう活かすか ○注目される種山牧野 ○観光開発を夢みる町当局/ ●地域の産業や文化の将来を考える広域共働会議 ◎地域の活性化の方途を探るシンポジウム企画書から ◎参加者全員が車座になって討論/ ●500頭になった種山のめん羊」「キャプション: 農事組合法人 種山ヶ原共働組合の羊肉加工場(岩手県住田町)」

 

▼No.41-1:住田町における団地造成〔1976年〕|財団法人農政調査委員会 http://www.apcagri.or.jp/apc/publicationlist/nou-backnumber/3000
▽「現地農業情報-農:No.41-1:住田町における団地造成/ ■発行日: 1976年〔昭和51年〕8月20日/ ■対象: 岩手県住田町/ ■報告: 佐熊博岩手県気仙郡住田町農業協同組合長・住田町農業指導協議会副会長)/ ■コメント: 児玉賀典(中国農業試験場長)」 ※団地は生産団地、営農団地(養鶏、養豚、果樹、園芸等を含む)を指す。
▽※この報告は、のち佐熊博『住田の里で』pp. 93-108(河北新報社, 1982)に収録。

▼第112集:地域農業の発展と農協の役割〔1977年〕|財団法人農政調査委員会 http://www.apcagri.or.jp/apc/publicationlist/nihon-backnumber/704
▽「日本の農業:第112集:地域農業の発展と農協の役割/ ■発行日: 昭和52年〔1977年〕11月25日/ ■対象: 岩手県住田町/ ■報告: 太田原高昭北海道大学農学部)/ ■コメント: 佐熊 博(住田町農業協同組合組合長)、佐伯利彦(洞爺村農業協同組合組合長)、花本美雄(東伯町農業協同組合専務理事)、清水 淳(木瀬農業協同組合組合長)、山口一門(前玉川農業協同組合組合長)」

▽参考:
▼現地農業情報 - 農 | 財団法人農政調査委員会 http://www.apcagri.or.jp/apc/publication/genchinou
▼日本の農業 -あすへの歩み- | 財団法人農政調査委員会 http://www.apcagri.or.jp/apc/publication/nihon

 

▼会議録 - 西和賀町岩手県) http://www.town.nishiwaga.lg.jp/index.cfm/19,0,92,html
→▼Word:第21回西和賀町議会定例会/H21.12.17(本会議-一般質問) [171KB docファイル]〔2009年12月17日〕 http://www.town.nishiwaga.lg.jp/index.cfm/19,4943,c,html/4943/H21-12-17honkaigi.doc
▽「第二十一回西和賀町議会定例会/ 平成二十一年十二月十七日 午前十時開会」
▽「■湯澤正議員/ 〔※略〕/ つい二週間ほど前、川井村に行きましたし、岩泉にも行きましたが、どちらでも山菜の研究会というのが立ち上がって栽培に取り組むというふうに張り切っていましたし、それから先日の日報〔岩手日報〕紙上では、今市町村議会の状況が毎日載っているわけですけれども、住田町においては町長答弁で、タケノコとワラビとシドケがこれから栽培する人をふやすというふうに答弁しておられるようで、特に住田町というのはかなり前になりますけれども、佐熊〔博〕という町長がおられたころに、住田型農業ということで一世を風靡した地域でもありますし、ああいうところが本気になると怖いなというふうな思いがします。/ 〔※略〕」

 

▼CiNii 論文 - 岩手県住田町における就業機会の縮小と高齢化集落の存続条件 : 世帯維持の属人視点と属地視点 http://ci.nii.ac.jp/naid/120005677689
教養学部 地域構想学科:研究教育報告|東北学院大学 http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/faculty/liberalarts/regional/research.html
 →PDF:古河亮介・高野岳彦「岩手県住田町における就業機会の縮小と高齢化集落の存続条件 :世帯維持の属人視点と属地視点」(『地域構想額研究教育報告』No.5 (2014.10)) http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/faculty/liberalarts/regional/pdf/2014_03kogatakano.pdf
▽「3)農業/ 住田町は農林業の振興に力を注いできており,その方式は「住田型農業」,「住田型林業」として全国に知られてきた★3〔註3〕。「住田型農業」とは,高度経済成長期の木炭価格暴落や都市産業との所得格差の拡大に直面して苦境に陥る中山間地農業の将来を検討する中で,町,農協,改良普及所が一体となって構築してきた高収益複合農業のことである(大田原〔高昭〕, 1977)。具体的には,「複合と集約」のスローガンのもと,水稲に加えてブロイラー,養豚,乳牛,肉牛,タバコ,イチゴなどの園芸作物等を農家に営農類型を設定して組み合わせるもので,この方針のもとに各種制度資金を導入して,農業の生産性向上を追求してきた。この「住田型農業」が始まったのは1971年であり,それは2010年を目標年度とする「第5次新住田型農業振興ビジョン」(2007.3)に継承されている。」
▽「しかし厳しい価格競争の中で★4,生産は縮小を余儀なくされてきた(表4)。町の農業産出総額がピークだった1985年と2007年を比べると,水稲,野菜,その他の作物(多くはタバコ),酪農は半減以下,肉牛がほぼ半減となり,産出額を維持し得ているのは養豚とブロイラーだけとなっている。農業センサスの「農産物を販売した農家数」も1980年の913から2010年には316へと3分の1になった。担い手の高齢化も顕著で,65歳以上農業従事者率(2010)は県平均の38.4%に対して46.8%となっている。/ この間の変化を,主な営農タイプを表す農業センサスの経営組織別農家数からみると(表5),住田型農業を支えてきた工芸作物と畜産の農家数は1980年と比べて見る影もないような激減となった。/ 〔※略〕」
▽「■謝辞/ 現地調査においては,紺野壽美さん,坂井清さん,高橋忠夫さんをはじめとする3集落の全世帯の皆様にご協力をいただいた。また横澤則子さんをはじめとする住田町町づくり推進課の皆様には調査の便宜を図っていただいた。さらには元町職員の千葉修悦氏には現地情報の収集においてご助力いただいた。以上の方々,およびゼミにおいて助言をいただいた地域構想学科の佐久間政広(地域社会学),岩動志乃夫(人文地理学)両先生に対して,記して謝意を表します。/ 本稿は2010年1月,古河亮介が東北学院大学に提出した修士論文に基づき,その後の新データを加えて位置づけを見直して作成した。補充分析・調査のさ中に発生した東日本大震災への対応で改稿作業が3年間とん挫し,発表が遅れてしまったことを記しておきたい。」

▽「〔註:〕 ★3:住田型農業,住田型林業については,同町webの「地域経営に関する研究レポート」pageに紹介があるほか,大田原〔高昭〕(1977),岡田〔秀二〕(1987)に紹介されている。「〔文献註:〕 ・大田原高昭 1977:山間地高生産農業の創造.日本の農業あすへの歩み,112,6〜71」「〔文献註:〕 ・岡田秀二(1987):地方林政充実によるむらおこしへの取組み ―岩手県住田町(1)〜(3)―,農林統計調査 187,10〜12」

▽参考:
▼地域経営に関する研究レポート〔2015年2月16日〕 | 住田町 http://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2015021600038/
▼PDF:住田町|第5次農業基本計画見直し(新住田型農業振興ビジョン) http://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2015021200108/files/nogyo.pdf

 

 

▽▽文献ノート

▼CiNii 論文 - 経営主体の形成過程と地域農業振興に関する実証的考察〔長谷山俊郎, 1981〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/40002645781
▽※論文、 長谷山俊郎「経営主体の形成過程と地域農業振興に関する実証的考察」(「東北農業試験場研究報告」63, pp.161-209, 1981)。 ※昭和56年

▼CiNii 論文 - 「地域農業」と「住田方式」-1-〔長谷山俊郎, 1979〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/40003094338
▽※論文、長谷山俊郎「「地域農業」と「住田方式」 -1-」(「農業および園芸」54(2)〔養賢堂〕, pp. 256-262, 1979-02)。 ※昭和54年
▼CiNii 論文 - 「地域農業」と「住田方式」-2-〔長谷山俊郎, 1979〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/40003095652
▽※論文、長谷山俊郎「「地域農業」と「住田方式」 -2-」(「農業および園芸」54(3)〔養賢堂〕, pp.392-394, 1979-03)。 ※昭和54年

▼CiNii 論文 - 現実に即した民主的運営--住田町農協の事例をもとに〔滝田隆夫, 1978〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/40000736351
▽※論文、滝田隆夫「現実に即した民主的運営 :住田町農協の事例をもとに」(「協同組合経営研究月報」294, pp. 52-62, 1978-03)。 ※昭和53年。

▼東北農業研究 第29号 昭和56年12月 目次|東北農業試験研究協議会 http://to-noken.ac.affrc.go.jp/DB/issue/no_029.html
▽論文、斉藤 恭「水稲作業受委託による所得規模拡大の可能性 :気仙郡住田町両向地区の水稲作業受委託」(「東北農業研究」第29号, pp. 293-294, 1981)。
 →▼PDF:「水稲作業受委託による所得規模拡大の可能性 :気仙郡住田町両向地区の水稲作業受委託」(斉藤恭, 1981) http://to-noken.ac.affrc.go.jp/DB/DATA/029/029-293.pdf

 

東日本大震災と地域経済振興の新たな課題/吉田, 敬一//201209.|駒澤大学学術情報リポジトリ http://wwwelib.komazawa-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_detail.cgi?U_CHARSET=utf-8&CGILANG=japanese&SUNO=&HTMLFILE=sr_sform.html&SRC_BODY=1&ID=XC01220080
▽論文、吉田敬一「東日本大震災と地域経済振興の新たな課題」(「駒澤大学経済学論集」第44巻第1号, 2012年09月)
 →▼PDF:「東日本大震災と地域経済振興の新たな課題」(吉田敬一, 2012)
http://wwwelib.komazawa-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/U_CHARSET.EUC-JP/XC01220080/Body/rkz044-1-01-yoshidakeiichi.html

 

▼地域イノベーションのDNA - 日本再発見ノート Rediscover Japan.  http://shumpeishimada.hatenablog.com/entry/20101205/1291729760